第1章 第5話 なれそめ
俺はゴミ人間の子どもだ。怠惰で暴力的で人を平気で裏切れる人間。その血が流れている。
だがどんなゴミにも長所はある。一つは顔がいい。俺の母親は無駄にモテるし、そのせいで家が戦争状態になることも多々あった。それでも何も努力せずともマシに見える顔に生んでくれたことは感謝している。まぁ不倫相手に似てるとかでよく殴られてたんだけど……はは。
そして長所はもう一つ。育て(育てたとは言ってない)の父親も含め、口が上手い。病院で見せたような、自己の正当化。何も考えずとも自然と口から言葉が溢れる言語力。長年嫌でも見させられたせいで、俺の身体にはその能力が染み付いている。
忌むべきもので、恥ずかしがるべきもの。だがことこの状況においては。非常に有効な力である。
「遅刻してしまって申し訳ありません。思っていたよりも脚の傷が深く、皆様に見苦しいものを見せないようにと努力していた結果遅くなってしまいました」
園咲家。その付き人。どう見ても多すぎるコックさん。30人近くの前で立ち上がった俺は、そう謝罪した。
謝罪に有効なのは、どうしようもない理由をつけること。家族が死んで休んだことで怒る人はいないのと同じ理屈だ。
それに加えて、園咲家への弱みも付け加える。ここで俺を責めることは早苗さんを責めることと同義。当然立ち上がっている今も痛い演技は忘れない。いや痛いのは事実ではあるが。
「ジンくん! 無理しないで座ってもいいんだよ!」
「いいえ。大切な早苗さんのご家族の前です。失礼なことはできません」
お父さんが声をかけてくれたが、まだ我慢。もっと健気なところを見せないと。
「ジンくん。大丈夫ですから座りましょう。誰も怒ってなどいませんよ」
「ああ……ありがとう……」
早苗さんに支えられ、俺はようやく椅子に座る。少しやり過ぎた感もあるが充分だろう。
「は……」
思わずため息をつきそうになったのを何とか抑える。こういうことが普通にできたことが。あいつらの子どもだということを改めて突きつけられたような気がして嫌になる。
いや……まだだ。俺を救ってくれた早苗さんのためにも、まだ気は抜けない。
「この方が私の婚約者の須藤ジンくんです。とても優しくて素晴らしい方なのはわかっていただけたと思います。これからは家族の一員として一緒に暮らしますので、みなさんよろしくお願いします」
「よし、じゃあいただこうとしようか」
早苗さんの紹介から始まり、お父さんの締めで一段落、という雰囲気が流れる。だが、
「ちょい待ち! その前にさ、2人のなれそめとか聞きたいなー」
そう切り出してきたのは、上座付近に座る女性。父親と母親、どちらにも似ていない大人びた顔立ちとブラウンの髪色が特徴的な、大学2年生。園咲家長女、園咲グレース。
「どういうとこに惚れたわけ? ジンくん、だよね? 助けてもらったのは知ってるけどさ、それだけで惚れるわけないじゃん。ちゃんと教えてよー」
彼女は早苗さんの姉に当たるが、母親のシューラさんの連れ子。斬波の話ではそういう事情もあってあえてチャラチャラした言動をしているらしい。面倒な継承権争いを避け、正当な長女に当たる早苗さんに権利を譲るために。
おそらくこれも俺……というより早苗さんへの助け舟。上手く話して俺の価値を示せということなのだろう。それを汲み取ったのか、早苗さんは頬を紅くしてうっとりしたように語り出す。
「あれは昨日の5時限目の日本史の時間のことです。突然クレープが食べたくなったんです。それだけなら斬波と行けばいいだけです。ですがあの時はなぜか、お店で売っている一番高いクレープを食べたいと思ったんです。おそらく斬波はお夕飯のことも考えてやめるよう言うでしょう。なので斬波にお暇を出して1人で向かうことにしました。普段は絶対にしないような行動。おそらく私は運命に操られていたのでしょう。そして無事にクレープを買えた私は、少しはしたないですが食べ歩きをして帰ることにしたのです。女子高生らしくておしゃれですーって思って。その時です。裏通りを歩いていた私に、突如5人ほどの黒ずくめの男性が現れました。彼らは私の手からクレープを落とし、無理矢理道路に停めてある車に引きずり込もうとしたのです。その時になってようやく気づきました。私が誘拐されそうになっていることに。抵抗しようとしましたが、大人の男性5人相手です。ほとんど何もできませんでした。その時でした。『何やってんだお前らっ!』。まるで物語の中のヒーローがそのまま飛び出してきたようでした。何を隠そう私の愛する人、ジンくんの登場です。私が何をしても勝てなかった男たちをジンくんはばっさばっさと殴り飛ばしていきました。暴力的な方は嫌いです。でも私を助けるために拳を振るうその姿に。私のハートは完全に奪われてしまいました。初めて感じる強烈な胸の痛み。それが初恋だと気づくのに時間は必要ありませんでした。私のヒーローは敵を薙ぎ払うと、『とりあえず逃げろ。それとできれば俺のことは隠してくれ。問題を起こしたくない』。そう言って私の背中を押しました。ですが私は動けません。一秒でも長くその人を視界に映していたかったからです。ですがこれは私の失態でした。私を庇って戦うことを余儀なくされた彼は、次第に追い詰められていきました。殴られ、蹴られ。それでも彼は私を庇ってくれました。その時です。男の1人がナイフを取り出しました。彼が本格的に私を逃がそうとします。その男の刺突を軽くいなして転がすと、私の手を引いて逃げ出します。ですが倒された男が最後の力を振り絞り、ナイフで彼の左脚を突き刺しました。途端に倒れてしまう彼。ですがすぐに立ち上がり、男の顔を踏み潰して私を突き飛ばしました。後になってわかりましたが、この時彼は神経を傷つけられ立てなくなっていたのです。その状態で敵に襲われればひとたまりもありません。それなのに私を逃がすために残ったのです。その覚悟を無駄にしないためにも、私は逃げ出しました。そして救急車、警察の順で電話し、物陰から彼の様子を窺います。彼は左脚を引きずりながら戦っていました。やがて勝てないこと。そして私を逃がしたことに気づいたのか男たちは車に乗って走り去っていきました。それを確認した私は彼に駆け寄りました。怖い顔をして車を睨みつけていた彼は、私の姿を確認すると優しく笑って座りました。『大丈夫ですか?』。はっきりと覚えていませんが、私はそう訊ねたと記憶しています。ですが彼の言葉ははっきりと覚えています。『君が無事でよかった』。痛いはずなのに笑ってそう言う彼に、私のハートはもうドクンドクン言っちゃって彼以上に倒れそうでした。ですが倒れるわけにはいきません。私は垂れそうになった涎を袖で拭い、言いました。『この御恩は絶対に忘れません。私にできることがあったら何なりとお申し付けください』。彼は答えます。『君が悪いわけじゃないんだから気にしなくていいよ。怖い思いさせて悪かった……』。そう言い残し、彼は意識を失ってしまいました。そして私は何を思ったか救急車が来るまで人工呼吸をしていました。とても幸せな時間でした。道端なのにお花畑にいるように気持ちよくて……。これが私とジンくんのなれそめです。素敵でしょう?」
俺とのなれそめを語った早苗さんに、きっとみんな同じことを思っただろう。
「なげぇ……」
本当は姉妹全員出すつもりでしたが、想像以上に長く語っていたので次回に持ち越しです! と言ってももう一本出すつもりですが。
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