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私と須藤塵芥

第1章 第1話の時に起こっていたことです。

〇斬波




「好きな人ができましたっ!」



 その報告は、主が誘拐されかけたという事実に打ちのめされていた私の感情を容易に全て塗り潰した。



「須藤塵芥くんって言うんですけど、すごいかっこよく私を助け出してくれたんですっ! 自分が危険なのにずっと私を気にかけてくれて、それがすごいかっこよくて! 私の運命の人ですって確信しちゃうほどにかっこよかったんですっ!」



 言葉で言い表せられない絶望の感情に支配される私の目の前で、拙い言葉で言い表そうとする早苗。何か言おうと思っても唇が震えるばかりで声にならない。言葉の代わりに溢れてくるのは、早苗との思い出。



 私の使命は早苗を守ることだ。そのためにお母さんは私を産み、お父さんは私を育ててきた。



 だから私たちはずっと一緒だった。本当は絵本を読みたかったけど外に遊びにいったし、友だちと遊びたかったけど我慢してきた。早苗に言われるがままに吹奏楽部に入ったし、やっている内にロックに興味を持ったけどその気持ちを押し殺してきた。



 それが辛かったかと訊かれれば迷うことなく辛かったと答えるだろう。でもそれでよかった。それが私の使命だし、何より。どんな時でも楽しそうに笑い、感情に任せるままに生きることのできる私とは正反対の早苗が大好きだったから。



 それに私にはご褒美があった。早苗が寝ている時に、起きないよう気をつけてキスをする。始まりは早苗のお母さんの仕草を真似たことからだったと思う。そうすると早苗が幸せになれるんじゃないかと思って私も繰り返してきた。



 そしていつしかその行動は、別の意味を持ち始めた。悪いとは思っている。罪悪感もきちんと抱いている。それでもやめられない。止まれない。主で同性で無垢な早苗を弄る背徳感だけがこの辛い日々を忘れさせてくれる糧になっていた。



 私は早苗を愛している。結婚したい。でもそれは叶わない。私と早苗とでは立場が違い過ぎるのだから。諦めは小学生の頃にはついていた。



 それなのに、どうして。私よりも格下の人間が私の叶えたくても叶えられなかった夢を叶えている。



 須藤塵芥については既に武藤家が調べていた。調査結果を聞いた時、ゴミみたいな人間だと思った。半ば違法なバイトを行っていたし、何よりその家族の悪評がすごかった。勉強だけはできるようだが、平然と暴力を振るえるような人間。そう抜き出してみるとまるで私そのもののようだったが、だからこそ。どうしようもなく憎かった。



 私が早苗のためにどれほどの悪事を働いたか。武藤家が園咲家のためにどれほど身を削ってきたか。勉強は……あまり得意ではないけれど、私が傍にいればもっと確実に、早苗を助け出すことができた。



 じゃあ私と須藤塵芥の違いは何なのか。性別? 容姿? タイミング? ふざけるな。……ふざけるな! そんな私にはどうしようもないことで……私の方が絶対に……早苗のことが好きなのに……なんで……なんで……!



「おめでとう、早苗」



 ようやく言葉を発することができた。自分の感情に嘘をつくことは得意だったから、その言葉だけはすんなりと発することができた。一度発してしまえば後は簡単だ。



「でも早苗、その人と面識は全然ないんでしょ? その人が悪人だったらどうするの?」

「悪人は私を助けませんよ?」



 この子は全然わかっていない。悪人だって人は助けるよ。だって私だって困っている人がいれば積極的に助けようとするし、早苗みたいなかわいい子がピンチだったら下心丸出しで助ける。思考と行動は一致しないのだ。



「実はそいつが全部マッチポンプで……早苗を下心で助けようとしていたとしたら?」

「その時は別れればいいだけです。何も難しい話ではありません」

「そう……だね……その通りだ」



 何を難しく考えていたんだ。園咲早苗という人間は感情で生きている。好きなものには好きだというし、嫌なことは嫌と言う。つまり嫌いにさせればいいだけのこと。だったら簡単だ。



「ねぇ早苗……その人家に連れてくるでしょ?」

「はい、そのつもりです。どうやら劣悪な家庭環境のようなので、出世払いということでお金を払って彼を保護することにしました。パパも私が好きな人ならってことで納得できましたし」



 ほんと、園咲家の人は馬鹿ばっかりだ。昔の人はそうでもなかったらしいけど……旦那様からかな。馬鹿な善人になったのは。



 好きな人なら結婚を許す? ありえない。それで早苗が幸せになれるものか。早苗の幸せは私が守る。



「一つ相談なんだけど、私をその人のお世話係にしてくれない?」

「えー、斬波がどっか行っちゃうのは嫌です。それに斬波かわいいから塵芥くんが浮気しちゃうかもしれないですし……」



 早苗にしては鋭い。それが目的だ。所詮男なんて良い女がいれば流されるもの。私がどれだけ早苗のことが好きな男を奪って捨ててきたと思っている。女の前で見栄を張ろうとするような馬鹿な男暗い、造作もない。



「大丈夫。全部私に任せて。私が早苗を幸せにしてあげるから」



 須藤塵芥。どうやら女を虜にするのは上手いみたいだけど、相手が悪かったね。私は絶対にあなたを好きにならない。心を許さない。認めない。



 早苗の初恋を奪った復讐は、必ず遂げてやる。

とりあえず短編1回目として斬波のお話です。性格悪いですね。堕ちるわけですが。


次回は寺門さんの末路の予定です。よろしければブックマークをしたままお待ちください。


おもしろかったという方はブックマークと評価をお願いいたします。またこの話を見たいとかありましたらぜひコメントください。

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