第4章 第6話 親子
「おらぁっ! さっさと乗り込めっ!」
親父にナイフで脅され、俺と早苗は屋敷の正面に置いてあった園咲家の車の後部座席に詰め込まれる。
「馬鹿な奴らめ……鍵挿しっぱなしにしてるとはなぁ……!」
親父が運転席に、お袋が助手席に乗り、多くの園咲家の人たちが手出しできずに見守る中、車は発進する。
「なぁ。俺たちをどこに連れてくつもりだよ」
「てめぇらには関係ねぇだろうがぁっ! 黙ってついてこい! 安心しな。お前らは大事な人質だ。おとなしくしてるなら殺さねぇよ。だが少しでも反抗の意思を見せたら……わかってるよなぁ?」
陳腐な脅しだ。第一脅す奴が両方前にいるってどうなんだよ。いくらなんでも馬鹿すぎる。ま、それがこいつらだが。
「なぁ、本当に俺のこと覚えてないか?」
「あぁ? お前みたいなクソキモ男のことなんか知らねぇよ!」
「悲しいなぁ。一応16年間も一緒にいたのに」
「……あんた、もしかしてゴミカス?」
「ちりあくた、な。まぁ意味的には一緒だし、捨てた名前だからどうでもいいけど」
血の繋がっている方のお袋が俺の顔を思い出してくれたようだ。別にうれしいとかは思わないが。
「お前らだろ? 園咲家から盗みを働いた奴は。1000万と土地はどうしたんだよ」
「金なんざとっくに使っちまってねぇよ! 土地も使い方とかわからねぇしよ……! てめぇのせいだぞっ!」
「はいはい。で、イフリートは?」
「あ? てめぇらに捕まったよ! アクアの奴……育ててやった恩を忘れて裏切りやがって……! 絶対許さねぇ……!」
ということはアクアの作戦は成功したようだ。そしてこいつらだけが逃走、って感じか。
「まぁ許してやれよ。アクアは俺と違って、お前らの子どもだろ?」
「はっ。親が子を産む理由を知ってるか? それは、自分に得があるからだ。親の役に立たなくなった時点で親子の関係なんざとっくにねぇんだよぉっ!」
「その点あんたには感謝してるわよ、塵芥。あんたが刺されてなければこれだけの物は手に入らなかった。私のために社会のゴミの障害者になってくれてありがとう」
お袋が手提げ袋に雑に入った時計やら高級品を見せつけてくる。傷がついたら価値が下がるってことも知らないのだろうか。
にしても。こいつらの言葉を聞く度に、俺の望みが幻想だということがわかってくる。こんなゴミと。こんな差別野郎共と。家族に戻りたいなんて思ってしまった俺が間違っていた。
「その言葉は取り消しとけよ。障害者がゴミだって言ったことは」
「はぁ? 取り消すわけないでしょ! だって事実なんだからっ!」
「そう思うのはお前らの知識が足りないからだよ。もっと世界をよく見てみろよ。色々な発見があって楽しいぞ」
そう。こいつらと家族になれるだなんて、幻想だ。ありえないことだけど、不思議なことに俺はそこまで嫌な気持ちにはなっていなかった。
「俺は今まで閉じられた世界で過ごしてきた。親は絶対だし、全ての物が敵に見えていた。でも早苗と出会ってから。世界は広いってのを知ったよ。良いとこのお嬢さまのくせに俺みたいな奴を好きになる人がいるし、異性も同性も好きな人だっている。世界は良い悪いで動いていないんだ。みんなそれぞれ個性があって、みんなで助け合いながら生きている。俺の脚だって個性の一つだと思うんだ。脚が動かなければ誰かに助けてもらえばいいし、脚が動かないことだけが俺の全てじゃない。だからまぁその……なんだ。一応感謝しておくよ。お前らに捨てられなければ、俺は狭い価値観で一生を過ごすところだった。ありがとう」
不思議なことに。まるで久しぶりに実家に帰って、近況を報告するかのような。温かくて、幸せな気持ちだった。
「何言ってんだこいつ……気持ち悪」
「さっさと隠れましょ」
車が近くの山の中に入る。やっぱり遠くには逃げないよな、こいつらは。何もかもが知っていることすぎて楽勝すぎる。
「早苗、こっちに」
「はい」
俺の方に来るよう促すと、静かに俺の話を聞いていた早苗が俺へと寄ってきた。
「親父、お袋。俺、この人と結婚するよ」
「あ? 知らねぇよ、勝手にしろ」
「だからさ。今お前らに捕まるわけにはいかないんだ」
俺がそう言うのとほぼ同時に、車の中で警告音が鳴り響いた。
「なっ……ガソリンがない……!?」
「お前らは覚えてないだろうけど、全国1位なもんで。知っていることならいくらでも対処できる」
俺が考えていた作戦の内の一つだ。もし本邸付近に隠れていれば、逃走の足に園咲家の車を使うんじゃないかと思っていた。だから車の内の一つに鍵を挿しっぱなしにし、ガソリンをほとんど空にしておいた。全部抜かなかったのはこいつらを油断させるためと。子どもの責任として、結婚報告をしておきたかったから。
「私がジンくんを幸せにしてみせます。なので安心して、遠くから見守っていてください」
「ひっ……!?」
早苗が自分の判断で、ポケットに入れていたナイフを前の席のお袋に突きつける。
「俺も用意してたんだけどな……」
「夫婦は似てくると言います。どうやら私もジンくんみたいに、手癖が悪くなってしまったようですね」
にへーっと早苗が笑顔をこっちに向けてくる。後は俺の仕事だな。
「俺はあんたらが怖かった。正直今でも怖いよ。でも俺にも守るべきものができたんで。そろそろ超えさせてもらうぞ、親父」
子どもの責任。それは、親を超えること。
「黙れゴミカスがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「あんたらを反面教師にして」
殴りかかってきた親父の顔面を殴り飛ばし、俺は宣言する。
「俺は幸せな家庭を築くよ。早苗と一緒に」