第4章 第4話 呉越同舟
「さなえ……さなえぇ……」
「ぅひゃぁぁぁぁ……」
「ジン、そろそろ起きて」
何者かに肩を揺すられ目を覚ます。なんか頭痛いんだけど……。
「早苗!? 何で同じ布団に!?」
「ぁひゃぁぁぁぁ……」
なぜ、どうやってこうなったかはわからないが、俺は早苗を抱きしめて眠っていたようだ。なんか顔真っ赤で口パクパクさせている。
「もう朝8時だよ、お寝坊さん」
「うっそだろぉ!?」
「じぇ……じぇんじぇん眠れませんでした……」
確か昨夜はおじいさんたちに呼ばれて少し話をして……それから……。
「斬波……俺何してたっけ……?」
「覚えてないならいいんじゃない? それより……少しまずいことが起こった」
そう語る斬波の顔は本当に深刻そうに見える。苛立ちというか焦燥感というか……試験結果を待つ俺のようだ。
「どうした? 俺関係だったりする?」
「昨夜、家に泥棒が入った」
「はぁっ!?」
「しかもたぶん……犯人ジンの元家族だよ」
頭の痛みがどこかに消え失せ、俺たちは慌てて1階へと下りる。そして少し歩くと、書室と思われる一室が、見事なまでに荒らされていた。
「ここは元々大旦那様……早苗のおじいさんが使ってた部屋でね。高級時計とか焼物とか。あと指輪とかが盗まれたみたい」
「それでなんであいつらが犯人だと思ったんだよ……!」
「そりゃあ友だち含めて逃げ出してたらそうなるでしょ。一人を除いてね」
「一人……!?」
斬波に案内され、応接間へと移動する。そこでは、
「だから! あーしはなんも知らないって言ってんでしょ!?」
「そんなはずはないだろう。よく思い返してみるんだ」
斬波のお父さんと、アクアが。テーブルを挟んで前のめりになりながら声を荒らげていた。
「アクア……イフリートは……!?」
「だから知んないって! 起きたらイフ兄もその友だちも! みんなどっか行っちゃったの!」
嘘だろ……!? そんな……このタイミングで……!
「塵芥も何とか言ってよ! あーしは泥棒なんてしないって!」
「いやお前はするだろ」
「そ、そうだけど……ほんとに知らなかったの! 信じて!」
困ったな……こうなると……。考えを張り巡らせていると、後ろの廊下から女性たちの声と足音がした。
「早苗様の婚約者の家族が犯人らしいよ」
「マジ!? 育ち悪いって話だったもんね。兄妹もガラ悪いし」
「なんであんなのを選んだんだか。顔は良いけどさー脚不自由なんでしょ?」
「年頃の女は顔とトーク力が良い男に惹かれるもんなのよ。歳取って後悔するまでがテンプレ」
通り過ぎようとする足音たちに言い返してやりたい。だが全てが事実だ。俺のせいで、早苗の評価が下がっている。
「波郎さん、他にも犯人候補が上がりましたよ。園咲に仕える者として不適切な言葉を使う方がいます。彼女たちにも事情聴取を行うべきでは?」
凛々しく、堂々と。そう発したのは早苗だ。それに気づいた女性たちが慌てて戻ってくる。
「し、失礼しました……!」
「謝罪は結構。私は私なりの考えを述べただけです。あなたたちと同じように。そしてそれの成否を判断するのあなたたちよりも上の立場の人間です」
「早苗様、ジン様。私の部下が大変申し訳ありません。彼女たちにはよく言っておきます」
「どうぞご自由に。それを判断するのは私ではなく父ですので」
「も……申し訳ありませんでしたぁぁぁぁっ!」
「お前たち、下がれ」
……いくら俺が貶されているとはいえ。早苗がここまで言うとは思わなかった。怒るにしてももっと子どもっぽくだと思ったのに……。
「失望しましたか? ジンくん。私がこのような意地悪なことを言う人間だということに」
「……いや。早苗もそういう立場の人間だもんな」
「はい。強く言わなければならない時はそうするしかないんです」
俺や早苗が将来どうしたいとかは関係なく。現状早苗はそういうことをしなければならない立場。ならば俺もその婚約者として、嫌だが。とても嫌だが、弁護をしておこう。
「とりあえず。アクアは本当に関係ないと思いますよ」
「……と言うと?」
「うちの元親のやり方です。身内を置いておけば全責任をそいつに負わせられますからね。イフリートが高価な物が置いてある場所を調べ、それを親に報告。盗むついでに逃げ出した。なのでおそらく。……アクアは家族から、見捨てられた」
「…………」
これはアクアを守るつもりでも、貶めるつもりでもない。本当にそういうことをする連中なんだ、あいつらは。
「……あーしも何となくわかってたけど、本当にそうなんだね」
ポツリとアクアが言葉を漏らす。
「……あんたもこんな思いを味わってたんだね、塵芥。……ごめんなさい」
アクアが、謝った。俺に対して。こうも正直に。
「更生するには早すぎないか?」
「別に更生なんてしてない! たぶん誘われてたら……あーしもやってた」
「たぶんで話してもしょうがないだろ。お前は盗みに加担していない。それだけが事実だ」
「そう……だね……」
アクアの瞳から何かが零れるのが見えた。だが俺はそれを見ることはしない。こいつを慰められるほど、俺は優しくない。
「……わかった。とりあえず犯人を見つけよう」
「私に考えがあります。それは……」
「ジンくん」
作戦を語ろうとしようとする俺を、斬波のお父さんが止める。
「昨日も言ったことだが、君はよくばりすぎだ。人間できることは限られている。君にできることはなんだ? 斬波と早苗様を守ることだろう。犯人はどこに隠れているかわからないんだ。それだけ考えていなさい」
仕事モードではない、一人の大人として。親としての、言葉。その言葉は全体的にぼんやりとした記憶の中でも確かに覚えている。だが、
「斬波、休日出勤だ」
「かしこまりました、ご主人様」
そう指示を出すと、斬波は素早くメイドのカチューシャを頭に取り付けた。
「ジンくん……君は……!」
「言葉の意味はわかっています。でもこれは俺がやらなきゃいけないことなんです。斬波たちを守るためには、犯人の早期確保が一番。何より俺の役目は守ることじゃない。幸せにすることです。ならこれが一番いいんです」
これが一番2人を守るのにふさわしい配置。そして、
「おい、アクア。お前、どっちにつく? 拾ってもらった恩義を返したいとは思わないか?」
「あ? あーしがそんなこと思うわけないでしょ」
目元を腕で擦り、アクアが立ち上がる。
「ただあーしを捨てた奴らを見返さなきゃ気が済まない。そのためなら何だってしてやるよ」
「……ほんと俺たち、兄妹だよな」
やっぱり俺はよくばりなのかもしれない。心の底からそう思った。
残り数話で物語完結になります。おそらくゴールデンウイーク中には終わるかと。残り短いですが、どうぞ最後までお付き合いください。
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