第4章 第1話 園咲家本邸
「みーんなで旅行っ! みーんなで旅行っ!」
ゴールデンウィーク初日。俺たちは旅行に向かっていた。行き先は、
「楽しくなさそうですね、ジンくん」
「いや……楽しみだよ? 旅行なんて人生初めてだし……。でも、行き先がな……」
「大丈夫です! おじいさまやおばあさま、本邸のみんな。とっても優しいですよ!」
そう。俺たちが向かっているのは園咲家本邸。早苗の祖父祖母、そして斬波の両親の居場所だ。別邸であるタワマンは都会にあるが、本邸は車で二時間ほどのどちらかというと田舎の方にあるそうだ。
「実際のとこどうなんだよ斬波……。俺怒られるのかな……」
「それは知らないけど、ここの人たちより厳しいのは確かだね。特にジンは仕方ないとはいえパーティーをサボったし? 武藤本家長女を引き抜いたわけだし? まぁ好かれてるわけないよねーあっはっは!」
「お前マジ性格悪いぞ……!」
ここ最近斬波が性格の悪さを隠さなくなってきた。具体的に言うとマジ悪人。俺が悪いことやらなくていいからねーなんて話をした途端にこれだ。
その斬波が嫌になるほど悪いことをしてて、そしてその武藤家現当主に挨拶に行かなければならない。さすがに憂鬱すぎる。
「大丈夫大丈夫。一番嫌われてるのはあたしだから」
「グレースさん……」
旅行は義両親や六姉妹、メイドや使用人など多くの人が行くため、車は分けられている。この車にいるのは俺と早苗と斬波、そして長女のグレースさんとそのメイドの侑さんの5人と運転手さんだ。
「あたし園咲家の血入ってないからさ。侑も分家の人間だしねー。この旅行についてきた理由なんて高いお酒飲めるかも! ってだけだし」
「ここの人みんなお酒飲まないからね~。侑はじめてのお酒~。たのしみ~」
前の席でグレースさんと侑さんが楽しそうに笑っている。グレースさんはお義母さんの連れ子で、侑さんは六姉妹のメイドで唯一武藤本家の血筋じゃない。それなりに不遇の立場ではあるが、それでも笑っているということは俺も大丈夫なのだろうか……おっと間違えた。
「それに早苗の新しいメイドさんにも会いたいし!」
「私斬波がいいですー!」
「ごめんね、私ジンのメイドだから……ぐへへ……」
俺の左隣の早苗がさらに左隣の斬波に抱きつく。俺が斬波を雇ってしまったことにより、早苗のメイドが不在。俺のメイドと言っても実態は前と何ら変わりなく、早苗と斬波はいつも一緒にいるのだが、対外的にはそういうわけにはいかないそう。ということで歳の近い武藤家の人間の中から一人付き人を選抜することになっている。
「絶対あっち大騒ぎだよね」
「ね~。侑ちゃんがグレースちゃんのメイドに選ばれる前も熾烈な争いがあったし~。しかも実質本家長女の付き人~ってなったらもうたいへんだよ~」
……どうやら俺は大変な問題を引き起こしてしまったようだ。ほんとなら早苗には当主争いから抜けてもらいたいんだけどこればっかりはな……。早苗の幸せを思うと、どっちがいいのかはまだ俺にはわからない。それも本邸で見分けられたらいいな……。
「あ、そろそろ到着じゃない?」
「だね~。そろそろメイド服着ないと~」
「!?」
グレースさんの言葉にノータイムで服を脱ぎ始めた侑さん。慌てて下向いたけど下着の紐見えた……。
「ちなみにジンく~ん。侑ちゃん前の席座ってるから見てもばれないよ~?」
「み、見ませんよ……」
頭上から悪戯っぽい声が聞こえてくるが、それ以上に怖いのがおそらく横で俺を睨みつけている早苗だ。見えないのに視線を感じる……。
「斬波、お前も着替え終わったら教えてくれ」
「え? 私は着替えないよ? ゴールデンウィーク休暇中だから」
「でも侑さんは……」
「……これは冗談じゃなくてさ。ジンは今私の雇用主なんんだよ? 早苗のお父さんやおじいさんが何を言おうが、私はジンの命令だけに従う。プレッシャーをかけるようで申し訳ないけどさ、そこだけは責任持ってくれないと」
……そうだな。勝手に仕事を辞め、俺にかしずくようになった斬波はおそらく怒られる。下手したら勘当ものの所業だ。そんな中、斬波を守れるのは俺だけ。あいつだってそれを感じさせないようにしているんだ。せめて堂々と。戦うつもりで向き合わないと、話にならない。と決心した15分後。
「お帰りなさいませお嬢っ!」
「思ってたのと違った……」
園咲家の本邸だ。相当の豪邸なのは覚悟していたが、種類が違った。
目の前に広がる豪邸。それは世界史ではなく、日本史の教科書に出てくるような、だだっ広い日本家屋だった。そして車を降りた俺たちを列を作って出迎えたのは真っ黒のスーツを着た強面の男性だち。どう見てもあっち側の人だ……。
そうだよな……金髪の早苗で慣れていたけど、外国人の血はお義母さんのもの。元々日本にあった旧家名家となれば……当然和風だ。てっきりメイド服に着替えるのかと思っていた侑さんも、真っ黒なパンツスーツ姿。いやほんとに怖いな……。え? めちゃくちゃ怖いんだけど……。
落ち着け落ち着け……。昔から親のせいでこういう人たちとの関わりはあった。大丈夫、とりあえず腰低くしとけば……あれ? 俺今脚のせいで土下座できないじゃん……!
「みなさん、お出迎えどうもありがとうございます。持ち場に戻ってもらっていいですよ」
強面の男たちとは正反対ともいえる超絶美少女早苗が朗らかな笑顔でそう指示を出すと、男たちは深くお辞儀をする。ひさしぶりだな……身分の差を感じるのは……。
「あ、おじいさま! おばあさまっ!」
早苗が玄関へと駆けていく。その先にいたのは、何の知識もない俺でも高級だとわかる着物に身を包んだ、2人のご老人。あの人たちが早苗のおじいさんとおばあさんか……。
「ご紹介します! この方が私の婚約者の須藤ジンくんです!」
「ちょっ……はやっ……!」
「ご主人様。車椅子に」
まだ俺が全然追いついていないのに挨拶をさせようとしたので、斬波が慌てて車椅子を車から下ろし俺を座らせて移動させる。
「身体の都合でこのまま失礼します。早苗さんの婚約者の須藤ジンです。先日のパーティーではお会いできずに申し訳ありませんでした。ですがこうしてお会いできたこと、大変うれしく存じます。また、本日よりしばらくの間お世話になります。よろしくお願いいたします」
本当はもっと丁寧な言い方をしたかったが、完全に慌てていた俺ではこれが限界だった。そして頭を下げると……。
「ん」
それだけ言って、おじいさんとおばあさんは家の中に入ってしまった。これ……終わったか……?
「斬波、どうして着替えていない」
そして入れ替わるように、スーツを着た男性と女性が家から出てきて斬波に詰め寄った。この人たちは……。
「今私休暇中。今日はただの娘として実家に帰ってきただけだから。それと雇用主の前で文句を言うのはマナー違反だと思うけど? お父さん」
斬波のご両親か……! 心の準備まだできてないんだけど……!
「は、はじめまして! 斬波さんを……」
「いや……君とはまた後でだ」
お父さんは短くそう言うと、お母さんと一緒に家に戻っていった。
「き、斬波さん……? これは……?」
「まぁ及第点じゃないかな? 失敗はしてないと思うけど」
「おじいさまもおばあさまも怒っていませんでしたよ?」
斬波と早苗はそう言ってくれたけど……そうは見えないんだよなぁ……。
「とにかく。いらっしゃい、ジンくん。ここが私の実家です。どうぞゆっくりしていってください」
「は、はぁ……」
何が何やらわからぬまま。俺の実家訪問は始まった。