第3章 第13話 夢 3
その日の夜。俺は病院にいた。2階から飛び降りたということで脚の検査、ということもあったが、経験上大丈夫だということはわかっていた。だから本命は、
「よぉ、アクア。イフリート」
瓦礫に脚を潰されたアクアと、俺に踏み潰されたイフリートのお見舞い。もとい、挨拶だ。
「よぉじゃねぇっての」
「てめぇのせいで骨折れたんだが? 責任取れよ塵芥」
ベッドで寝ながら文句を垂れる2人の前に椅子を置き、少し話をする。
「踏み潰したのは悪かった。助けようとしなかったのもな。でも悪いとは思ってるけど謝らないぞ。それができるほど俺は良い人じゃない。お前らの兄妹だからな」
まぁ何にせよ、だ。
「後遺症が残らないみたいでよかったな。それだけは言っておく」
たかがナイフで刺されただけの俺が左脚に麻痺が残り、潰された2人が問題なく回復できるというのは何とも……まぁ言っても仕方ないが。
「後で詳しい話はされると思うけど、ここの入院費と燃えた100万。それと虐めの時に俺に入るはずだった賠償金に、焼失した廃工場の損失分。お前らには武藤家の元で働いてもらう。まぁお前らが集めた20人にも働いてもらうから、そんなに時間はかからない。それに勤め先も見つかるんだ。悪い話じゃないだろ。働きが認められれば正社員登用とかも考えてるらしいしな」
「あ? ふざけんな!」
「こっちは働きたくねぇんだよっ!」
「お前らの意見なんて聞いてねぇんだよ。ていうかお前らにとって一番の罰が労働だからな。黙って働け駄目人間」
もうこれ以上話すことはない。立ち上がって病室から出ようとすると、
「……待ってよ」
か細い声で、アクアが引き止めた。
「あんたはあーしらに恨みがあるんじゃないの? 殺したいほど。それなのになんで……この程度で終わりなの」
「恨まれてる自覚があったようで助かるよ。同時に腹が立つ。どうしてわかってたのにやめなかったのか。……でもお前らだけが虐めをやめられるような環境でもなかったしな。そこで怒っても虚しいだけだ。それはそれとしてお前らのことは嫌いだけど」
やはりもうこれ以上話すことはない。今度こそ病室から立ち去る。最後に一言言って。
「それにこれが、俺の新しい夢ってやつだ」
俺が幸せになれたんだ。他の人も俺と同じように、幸せになる権利はあるだろう。俺のような恵まれない人でも普通に生きられるように、環境を整えたい。それが俺の、幸せになった先の夢だ。
「おつかれ、ジン」
病院を出ると、私服姿の斬波が壁にもたれかかって俺を待っていた。
「ずいぶん甘い手打ちだったんじゃない?」
「どうだろうな。あいつらが働く現場って相当辛いんだろ? どうせ泣きついてくる。それを見るのが楽しみってだけだ」
「どうだか。それよりさっさと帰ろ。早苗が待ってる」
「言っとくけど本当だからな! あいつら働いてくれないとお前雇えないし……!」
「はいはい乙乙良い人おーつ」
「お前なぁ……俺ご主人様なんだぞ……!」
「ジンくん……! 斬波……!」
廊下の奥から。病院ということで控えめに大声を上げて早苗が早歩きで駆けてくる。
「斬波……どこ行ってたんですか……!? メイド辞めるなんて嘘ですよね……!?」
「あぁそれほんと。ごめんね、早苗」
早苗に抱きつかれ、至福の表情を隠そうともせず抱きつき返す斬波。しかも俺のメイドになるってだけでそれ以外は何も変わらないのに、いじっている。やっぱ性格悪いわこの子。
「うぅ……こんな……斬波がこんな状況なのに私はなぜ寝ていたのでしょう……! 斬波の気持ちよくなるマッサージを受けていたせいです……! 裸にされてたくさん身体を触られて……それで気持ちよくなりすぎちゃったんです……!」
「「!?」」
「斬波……もう一度私にあれをやってください……! 顔を見ればわかりました。一緒に気持ちよくなれるマッサージなんですよね……? 私も同じようにしてあげたいです。口付けをして胸を……」
「早苗! 早苗ストップっ!」
「斬波……お前……!」
「そうだ、今度はジンくんも一緒にやりましょう! 3人で一緒に気持ちよくなるんです。本当に斬波はマッサージが上手なんですよ? 頭の中が真っ白になって、全身から力が抜けて……」
「ち……ちちちががが……!」
「斬波、後で話をしようか。じっくりとな」
「は……はいぃ……」