第3章 第10話 環境
イフリートが指示した場所と時間。それは街はずれにある廃工場に夜18時。100万円を現金で持ってこいとのことだった。
当然クソ家族なんかに100万を渡すわけがないし、放置するわけもない。奴らを誘拐する。が、傷つけるつもりはない。脅迫と、東山高校で俺に入るはずだった賠償金の分。武藤家が管理する仕事場にて働いてもらう手筈になっている。それくらいはしてもいいだろう。
そのために武藤家の人たちに工場内に控えてもらっている。現在時刻は夕方5時。まだイフリートやアクアは来ていないようだが、待ち合わせ場所の1階には山村に待機してもらっている。
「だ……大丈夫でしょうか……」
「大丈夫だよー。いざとなったらルナが何とかしちゃうんでー」
「それに相手は素人だからね。失敗はないよ」
そんな中俺は1階の様子が確認できる2階のキャットウォークで、三女の玲さんとそのメイド、瑠奈さん。そして五女の杏子さんと隠れている。瑠奈さんは他の武藤家と、杏子さんは単純に優秀だからというのもあるが、俺がこの3人を集めた理由で大きいのがこれだ。
「この作戦が成功したら、斬波には武藤家を抜けてもらって俺のメイドにする。場合によっては早苗にも次期当主には降りてもらうことになる。だからそうなった場合、園咲家次期当主は玲さんか杏子さん。武藤家は実妹の瑠奈さんにやってもらいたい。問題あるか?」
そう訊ねると、3人は目を見合わせて代表して杏子さんが答える。
「園咲も武藤も当主に興味はありません。だから誰でもいいにはいいのですが……その理由を教えてもらえますか?」
まぁ、そうなるよな……。だが斬波が早苗を好きだから、とは言うわけにはいかない。しかし嘘をつくわけにも。なので。
「俺のためだよ。斬波は武藤家長女だからな……このままいけば俺とは離れ離れになる。別に君たちならいいってわけじゃないけど……その……」
「なるほど。言いたいことはわかりました。斬波さんがいいと言うのならそれを止める理由もありません。お給料もお兄さんや妹さんに働いた分で賄えばいいでしょうし」
クソ……なんか全部わかったような台詞吐きやがって……! しかも杏子さんのことだから本当に全部わかってそうで腹が立つ……! いやこれに関してはただの僻みなんだけど……。
このままなら早苗と斬波はお互い当主。まず間違いなく今よりは不自由になるだろう。こうなれば恋愛どころではない。
俺だって譲るつもりはない。早苗を譲りたくはない。が、どちらを選ぶのかは早苗の自由だ。だが今の状況では斬波が自由に恋愛できないのは事実。
「環境くらいは整えてやらないとな……」
俺は知った。脚が動かなくても普通に生きることができる環境があることを。そういう環境を作れるということを。
それなのになぜ斬波の夢は叶わない。決まっている。立場があるからだ。早苗が園咲家次期当主候補で、斬波が武藤家次期当主候補だからだ。
そんなしがらみで俺の大切な人が不幸になるのなら。俺自身が不幸になるのなら。俺が全部、ぶっ壊してやる。
「……ところで杏子さん。この状況、杏子さんが相手だったらどうする」
これ以上話すとボロが出そうだったので、適当に話題を変える。いや、適当ではない。イフリートは馬鹿だが悪知恵だけは働く。もしかしたら杏子さんなら奴の出す答えもわかるかもしれない。
「私が……ですか。事前に待ち合わせ場所を指定しておいて無策、とはいかないでしょうね。簡単なのは待ち伏せかトラップ……くらいでしょうか」
「だよな……」
俺もその程度しか思いつかない。でも待ち伏せとかいたら武藤家が見つけ……。
「「「きゃぁっ!?」」」
「っ……!」
突如俺たちの身体に。何かの液体が降り注いできた。無色透明……ではあるが、匂いがやばい。そして口の中に入って……喉が焼けるように、痛い! ガソリンか……!? だとしたらやばいが……さすがの俺でもそんなものを飲んだことはない。だがこの味には覚えがある。よくかけられたり瓶で殴られた時に……。
「まさか……!?」
「ふわぁぁぁぁ……」
その正体に気づくのと同時に、真っ赤な顔になった玲さんが俺に抱きついてきた。
「お義兄さん……わらひぃ……ほんとは感謝してるんれすよぉ……? でもぉ……恥ずかしくて……ぇへへ……。らからぁ、もっとなかよくひましょー……?」
「ちょっ……玲さん……!?」
普段の人見知りはどこに行ったのか。俺に身体を押し付け、ベタベタと触りながら顔を胸に沈めてくる。でもこうなっても仕方ない。俺が飲まされた記憶のある味より、軽く五倍以上にしんどいからだ。
「ねーえー、しぇんぱーい……。ほんとのとこどうなんれすかー? こーんなかわいいルナちゃんと一緒にいたらー、ルナちゃんのことが大好きで大好きで仕方なくなっちゃうんじゃないれすかー?」
「俺は早苗一筋だぁっ!」
玲さんに続いて瑠奈さんまで俺に抱きついてくるし、俺も正直やばい。色々なことを忘れて騒いでしまいそうだ。
「園咲と武藤の女性は……こういうの弱いんれす……。私は別に大丈夫れすけどね……!」
杏子さんはなんとか耐えているが、顔は真っ赤で座りながらもフラフラしている。そう……杏子さんは耐えてるんだ……。
「俺の方が強いけどなぁっ!」
俺だって負けてたまるかぁっ! 玲さんの顔についた水滴を舐めて、飲む! あー! めちゃくちゃきつい!
「はぁ……? 私の方が強いですけどぉ……!?」
杏子さんもまた俺に抱きつき、俺の脚についた水滴を舐める。
「お……お前……意外と負けず嫌いだな……!」
「あなたに言われたくないんれすけど……!? 一々ぎらついた目で見てきて……! 義理の妹に対抗心燃やして恥ずかしくないんれすか……!?」
「ぜんっぜん恥ずかしくないねっ! 俺が一番頭いいんだよぉっ! 全国1位だからなぁっ!」
「それくらいしか自慢できるものないですもんねぇっ! わらひの方が絶対すごいもんっ!」
「クッソ負けるかぁぁぁぁっ!」
「わらひだってぇぇぇぇっ!」
「おーおー。上物が三人もいんじゃん。一人はちょいガキすぎるが……イフリートに感謝だな」
なんだ……? 知らない男がすぐ隣にいんだけど……誰だこいつ……。
「とりあえずおとなしくしてもらおうかなぁっ!」
「かわいくてごめんなさーいっ!」
「ぐぼぉっ!?」
あ、なんか瑠奈さんがめっちゃ鋭いボディーブローを浴びせてる。すごいなぁ……。
「目的人数配置! 5秒以内に言ってくださいねー! 4321ドーン!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
なんか折れた音が聞こえたなー……さっすが斬波の妹……。俺も見習わないと……。
「おい、そこにいるんだろ? 塵芥」
「っ……!」
その声を聞いた瞬間。一瞬で、頭が覚醒した。柵を頼りに立ち上がり1階を覗くと、いた。
「さっさと金よこせ。そのために来たんだろ? 弟よ」
恐怖の象徴俺の家族! イフリートとアクアが、山村さんにナイフを突きつけていた。
明日復讐完了! 明後日第3章完結あるいは物語完結になります。後者なら明々後日かな? 流れ次第です。
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