第3章 第8話 悪人な善人
「アクア……! 何の用だよ……!」
ベッドの上にスマートフォンを置き、怒りで狂いそうになりながらもなんとか声を絞り出す。
「いやさー、あんたのせいで学校退学になるわクソ親からは家追い出されるは散々なわけよ。で、炎司の家行ったのね」
「イフリート……!?」
21歳だがまだ大学1年生という家を出ているクソ兄貴。勉強ができないならそれも許せるが、奴はパチンコか酒を飲むかで大学にまともに行っていないそうだ。それなのに大学には籍があり、その学費の捻出先は。色々と、最低なことに手を出していると専らの噂だ。そいつが絡んでいるとなると、この電話は。地獄への片道切符なのかもしれない。
「で、あんたが金持ちの家に拾われたって話をしたの。そしたら義兄弟になるんだし金もらおうぜって言うからさ。とりあえず100万ちょうだい?」
「ふざけんなよ……! 誰がお前らなんかに……!」
「ばっかだよねー、あんたも。この番号、誰から聞いたと思う?」
「いいから教えろよっ!」
「あんたのクラスメイト。あんたんとこの制服着た女が駅前でゴミ拾い(笑)してたからさ。あんたのこと訊いてみたらクラスメイトだったわけ。で、喧嘩したことをちょーっと脚色して伝えたらさ、家族は一緒にいるべきだ! つって(笑)。ベラベラしゃべってくれたよ。あんなチョロい奴、あーしらで金毟り取れるけど?」
名前なんて聞く必要もない。山村だ。勝手なこと言いやがって……! 何が家族は一緒にいるべきだ。俺が虐待されてたって知ってんだろ……! クソ……クソが……!
「あんたもああいうの嫌いっしょ。だから見捨ててもいいって思うかもしれないけどさ、そうはいかないから。他の関係ない人まで巻き込みたくないよね? わかったら明日そいつに待ち合わせ場所聞いてきな」
「ふざけんなよ……! 俺とお前らはもう無関係になったはずだ……!」
「それは親っしょ? あーしらは関係ない。じゃ、よろしくー」
「おい! おいっ! クソ……!」
電話が一方的に切られ、さっきまでの喧騒が嘘のように静かな部屋が戻ってくる。
「アクアだけなら何とでもなる……。でもイフリートは……クソ……!」
あいつは須藤家の中で最も頭が回る。悪知恵なら俺以上だ。正直まともに相手したくないし、できない。どうしたもんか……!
「早苗、これ退職届ね」
「……え?」
イフリートへの対処に悩んでいると唐突に。斬波が自分の枕の下から退職届と書かれた封筒を早苗に無理矢理渡した。
「え……え……? な、なに言って……」
「ジンの家族のことは調べてあるでしょ。警察も対処に困る超迷惑家族。本気で対処するなら、徹底的にやる必要がある。だから武藤家も手出しできなかった。でもいざ園咲家に被害が及ぶってなったらそうもいかない。……早苗は知らないだろうけどさ。武藤家はそうやって生活しているわけ。寺門さんのあれがただの暴走だと思った? 誘拐くらい。できるんだよ、私たちは。でも須藤家両親と子ども。7人をやろうとしたらたぶん足がつく。だから園咲に迷惑がかからないためにも、こうする必要があるの。後のことはお父さんたちが何とかしてくれると思うから、よろしく」
そう淡々と言うと、斬波はゆっくりと部屋を出ていこうとする。だが早苗は状況を理解できず、退職届を手に呆然としている。だから俺が言うしかない。
「お前、なに良い人ぶろうとしてるんだよ」
斬波が一番言われたくないであろう言葉を。
「……は?」
「言えばいいだろ。俺が邪魔だって。俺がいなくなれば全部解決するってさ」
あまりにも簡単に足を止めた斬波に、俺は笑いながら続ける。
「お前は悪人なんだろ。だったら最後まで悪人でいろよ。そんな中途半端だから悩むんだろ。良い人になりたいって苦しんでるんだろ」
「あんたに何がわかんのよ……!」
「わかるね、全国1位だから。お前みたいな馬鹿の考えることなんかだいたい想像がつく。どうせ早苗に泣きついて止めてほしいんだろ。あなたのことが大切だから辞めないで、って。やることが単純なんだよ、モテない奴は」
「お前が知ったような口を叩くなぁっ!」
やっぱり単純だ。斬波は怒りの形相を剥き出しにして俺に掴みかかってきた。
「お前なんかに! 私の気持ちがわかるはずないっ!」
「わかるね。それは知ってるから」
「ああそうだろうねだって私はあんたと同じだから! クソみたいな家に生まれて、誰かのために生きることを強制される生き方を教えられて、普通に生きられない運命を与えられて、同じ人を好きになったんだからっ!」
「ようするに嫉妬だろ。お前は俺に早苗を取られて悔しいだけだ」
「そうだよ! それの何がいけないのっ!? 何が悪いのっ!? 私だって……! 私があの場にいたら早苗を助けられたのに……! それをあんたがたまたま通りがかって、好きになってもらえて……! ねぇわかるんでしょ!? なら教えてよっ! なんであんたが選ばれて! 私は選ばれなかったのかっ! 私の方がずっと愛してるのに……! 私の方が絶対に早苗のことを幸せにしてあげられるのに……! なんで私は早苗と結婚できないのか……教えてよ……!」
斬波の瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。これだけの感情を斬波は抑えつけていた。16年の月日の間。だからこそだ。
「教えてやろうか。それはお前ががんばってこなかったからだよ」
「あぁ……!?」
「俺はがんばったぞ夢のために! クソみたいな環境で全国1位になった! 全ては成功して見返すために! ……その間お前は何をしてたんだよ。早苗と付き合いたいんだろ、結婚したいんだろ。そのために、お前は何をしたんだよ」
「正論みたいなこと言わないでよむかつくな……! 同性が結婚できるわけないことも知らないわけ……!?」
「できる国もあるし、日本にも似たようなことができる地域がある。日本でも同性婚ができる未来も来るかもしれないしな」
「勝手なこと言わないでよ……! 園咲家を背負う人に結婚したいから海外に行こうなんて言えるわけないでしょ……!?」
「言えばよかっただろ」
「無理なことを言って早苗を傷つけるわけにはいかないでしょっ!?」
「無理だって言ってるから叶わないんだろ!? それを俺に八つ当たりすんな!」
無理なことなんてない。男数人を瞬殺できる斬波を、脚が不自由な俺が今押し倒しているのだから。
「俺はやるぞ……夢のためなら! 幸せになるためならどんなことだってやってやるっ! 俺の幸せにはお前の存在が不可欠だ! だから誰が何と言おうがお前をクビになんかさせない。それが今俺にできることだ。……お前はどうなんだよ。お前は自分が幸せになるために、何ができるんだよ」
斬波の身体から離れたが、彼女は依然動かない。動かずに、布団の匂いを嗅いでいた。
「……私だってね。こんなこと言いたくなかったんだよ。だって私が悪く見えるじゃん。好きな人にグチグチ注意なんてしたくないし、気の合う友人に酷い言葉を投げつけたくなんかなかった。……でも私が言うしかないんだよ。だってそれが早苗を幸せにする方法なんだから」
「早苗の幸せ、ね……。その早苗さん、斬波が辞めるって言ったのショックすぎて完全に気絶してるけど」
封筒を指で挟みながらピクリともしない早苗。この様子では斬波の告白も聞いていなかっただろうな。
「斬波、お前のこと買い取っていいか」
「……突然何言ってるわけ?」
「俺は園咲家に買い取られたから。同じことをしてもいいかって聞いてるんだ」
「……あんたに金なんかないでしょ」
「そうか? 今から人間2人売り飛ばそうと思ってるんだが。まぁ2人合わせたところでお前とは釣り合わないだろうけどな」
「だから……何が言いたいの?」
「単純だよ。お前が早苗のメイドを辞めるなら俺が雇いたい。俺のメイドになれ。そんで俺と早苗のそばにいろ」
「……それが辛いって、わからないわけ?」
「俺には早苗を幸せにする義務がある。だからお前がどうしてもほしい。……駄目か?」
「……雇う金のない奴がいくら考えたって皮算用でしょ」
「じゃあ、やることは決まったな」
「そうだね。とりあえずやること終わらせてから考えようか」
結局何を話そうが、どれだけ言葉を交わそうが、俺たちの目的は一つ。それだけは変わらなかった。
色々な順位が下がりましたが、ジャンル別月間2位に上がりました! ありがとうございます!!!
明日からは解決編。山村さんへの反撃や、アクアちゃんの破滅。イフリートくんをとっちめます!
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