第3章 第7話 初恋 2
俺は斬波と同じ部屋で生活している。表向きには俺のフォローをするため、ということになっているが、実際は監視が目的なのだろう。だがこれは仕事ではなく、個人的に。あくまで斬波自身の意思で監視している。理由はずっと言われている。俺のことを早苗の婚約者として認めていないからだ。
なぜかというと、俺の脚や家庭環境、というよりも。早苗が俺に惚れすぎているからというのが大きいのだと思う。でなければ早苗が幸せになれない、という言葉は使わない。そんな問題で幸せになれない、なんてことはないのだと知ったからわかる。
だが俺に惚れすぎている早苗は。俺のために人を刺せる。寺門の時は傷も浅かったし、正当防衛が認められたから問題にならなかった。ただそれは結果的に、だ。たぶんその気になれば人を殺せる。つまり俺と同じ次元にまで堕ちてしまったんだ。
俺は早苗を幸せにしようと思っている。だが俺が与えられる幸せは、斬波が思う幸せとは違うのだろう。斬波も言っていた、認識の違い。そしてこれに関していえば、斬波の方が正しい。それでも抑えられなかった。
「お、おじゃまします……」
俺がもっと幸せになる道を。
「斬波は……眠っていますか……?」
「ああ。この時間なら完全に寝てる」
制服と同じ、純白のネグリジェを纏った早苗が部屋にやってくる。時刻は夜1時。他の人に見られれば、まずそういうことをしに来た、と思われてしまうだろう。
そしてその一番の障壁となる斬波は確実に起きない。斬波のルーティーンは、夜10時に勤務終了。その後風呂に入り、スキンケアをし、俺としばらく談笑してから12時頃就寝。その後朝5時に起床という感じだ。俺は1時寝4時起きなので斬波のことは完璧にわかっている。歩行練習をしていても起きないのでちょっとやそっとの物音では目を覚まさないだろう。
「で……では……失礼します……」
そろりそろりと広い部屋を進み、早苗が俺のベッドに入ってくる。布団に包まれると白さは消え、見えるのは暗い中でも輝く赤い顔だけだ。
「それで……その……何の用でしょうか……」
「ああ……好きな人と一緒に寝たら幸せかなって思ったんだけど……なんか今のところ変わらないなって……。やっぱり俺はずっと幸せだ」
そう言うと、早苗はあからさまにがっかりした顔を見せる。
「ごめん……変なことはできないよ。お義父さんたちにも悪いし、斬波を傷つけたくないし……」
「……でもそれは、ジンくんの都合です」
布団の中でさらに早苗が密着し、腕を俺の背中に回してくる。
「これくらいなら……ギリセーフだと思います……」
「……そうだな」
強気な発言ながらも恥ずかしそうにする早苗がかわいくて、俺も彼女を抱きしめてしまう。するとなぜか早苗がクスクスと笑い始めた。
「ごめんなさい。なんだかこうヒソヒソとしてると修学旅行みたいですね」
「ごめん……俺旅行とか行ったことないからわからない……」
「学校の旅行では、夜に先生が見回りして、起きている生徒を注意するんです。それでもお友だちと旅行は楽しいですから。悪いこととわかっていながらもついつい布団の中で声が漏れないようにお話しちゃうんです」
「悪いことでも……楽しいからするんだ……」
「幻滅しちゃいましたか?」
「いや。俺も感情で悪いことをするから似たようなもんだよ。お互い悪人だしな」
「……ジンくんも斬波も、細かいところを気にしすぎです。良い人だって悪いことはしますし、悪い人も良いことをすることはあるでしょう。大事なのは悪いことをした時に、責任を取ることだけです」
「そうかもしれ……!?」
言葉が紡げなくなった。早苗がネグリジェの胸元のボタンをゆっくりと外していたからだ。
「そ、そういうことは駄目だって……!」
「私たちは悪人なんでしょう? なら……いいじゃないですか……」
早苗の身体が俺を離したが、それは一瞬のこと。すぐに俺の身体の上に細身ながらも確かに存在感のある身体を乗せた。
「それにジンくんは知りたいのでしょう? もっと幸せになる方法を。簡単なことではないですか。愛する者同士が触れ合えば、それはこれ以上ない幸せの証です」
「で……でも……!」
「なら言い方を変えましょう。大切な斬波の隣で、それでも興奮しちゃういけない子の私を、お仕置きしてください」
「ぅ……あ……」
俺たちの身体を布団が覆い、外の世界と隔絶する。お互いの顔は見えない。だがその存在は間違いなくそこにあって。確かめ合うように唇と唇が重なる。
依然早苗の姿は見えない。それでもどんどん早苗のことを知っていく。何がしたいのか。どうしてほしいのか、どこが弱いのか。知識が増えるとどんどん幸せになり、どうしようもなく相手のことを幸せにしたくなる。そんな時だった。
「……最低」
汗だくになって蕩ける早苗と、そんな俺たちを見下ろし否定する、斬波の顔が見えた。
「き……りは……」
「ち、違うんです! まだ一線は超えてません!」
「……知ってるよ。ジンは知らなかったみたいだけど、私眠り浅いから。ジンが早苗のために歩く努力をしていることも、早苗がジンのために幸せにしようとしていたことも知ってる。本当は黙っておくつもりだったけど……やっぱ無理だった。こんな男じゃ、早苗を幸せにはできない」
早苗が俺の身体から降り、2人とも明るくなった部屋に反射する斬波の涙を見た。
「早苗は感情のままに生きてるでしょ。良いことも、悪いことも、やりたければやる。……だから早苗のパートナーは、悪いことをした時にそれは悪いことだからやめろって言えるような人じゃなきゃいけないの。……私、みたいなね」
「斬波……まさか……!」
「幸せになんかならなくてもいい。早苗の幸せのためならどんな悪いことだってできるような人でなきゃ、私は引けない。諦められない!」
「斬波……? 何を言って……」
斬波の漏れ出した感情を遮るかのように。俺のスマートフォンが震えた。長く、長く。
「……出なよ。スピーカーフォンでね。こんな夜中に電話をかけてくるなんて、よほど寝られなかったんだね。その子は」
斬波の言葉には答えず、答えられず。俺はスマートフォンを手に取る。でも知らない番号だ。園咲家やメイド、クラスの人たちくらいしか俺の番号は知らないはずじゃ……。
「もっしもーし」
「「女……!」」
スマートフォンから流れ出る音声に、早苗と斬波が似たような感情を剥き出しにする。だが俺は。全く別の感情を覚えていた。
「アクア……!?」
「ひさしぶり。おにいちゃん」
どうしてもこの話まで今日中にやりたかった! その影響でたぶん明日は1話投稿になります……許してくださいm(_ _)m
それと気づけば日間7位にまで落ちてたってのもありますね。くぅー!
なので続きが気になる、おもしろいと思っていただけましたら……ぜひぜひ! ☆☆☆☆☆を押して評価を! そしてブックマークのご協力をお願いします! おもしろいと思っていただけたらでいいので……何卒何卒……!