第3章 第6話 夢 2
「ジンくん、スポーツ好きですよね」
「え? なんで?」
「私が襲われていた時、すごい俊敏に動いていたではないですか」
「あー……運動は得意だよ。ずっと身体動かすバイトしてたから。でもスポーツなんてやったことないからな……体育の時間はほとんど勉強に費やしてたし。それにこの脚だとスポーツなんて……」
「うちの学校は車椅子スポーツの部活があるんですよ。それにマネージャーという手もあります。どうですか? 体育館に行ってみるのは」
「うん。そうしようか」
そんな会話をし、俺の部活動探しは体育館から始まった。さすがは超巨大学校。体育館はいくつもあったが、早苗はまっすぐに大学敷地の体育館に車椅子を押した。
「この体育館にはスポーツ用の車椅子があるんです。タイヤも床を傷つけづらいものになっていますし、転倒にも気を遣った造りになっているそうです」
「へぇ……そういうのもあるんだ……」
一々驚かされる。そういう世界があるという事実に。きっと社会が俺みたいな人にもスポーツを、という努力をしているのだろう。そう思うと俺も協力した方が……という気持ちにはなるが……なんか、ピンとこない。
「ていうか詳しいな、早苗」
「ジンくんを幸せにするためですから。それより行きましょう? 今日部活がやっているかはわかりませんが……」
早苗に押してもらい、体育館に入る。残念ながら車椅子の人は見えないが、女子がネットを挟んでボールを打ち合っている。これは確か……。
「……バレー?」
「早苗ねぇ! ……と、ジン……」
多くの女子が跳ねる中、一人の女子が汗を拭きながら近づいてきた。
「愛菜、たまたまですが来ちゃいました。迷惑でしたか?」
「おねぇはいいけど……その男はねぇ……。どうせあたしたちのこと変な目で見るつもりでしょ」
「俺の目には早苗しか写ってねぇよ」
「それは嘘ですね! 見えてないじゃないですかぁっ!」
園咲家四女の愛菜さん。そしてそのメイドの熱海さん。2人がいるってことは、
「愛菜さんたちバレー部なんだ」
「女子バレー部よ。……補欠にも入れてないけどね」
……なんか愛菜さんがスポーツをやっているのが少し意外だ。試合にも出れないのに。
「バレーのこと全然知らないからあれだけど、見た感じ背高い方が有利だろ? 2人とも150cmそこそこしかないししょうがないんじゃないか?」
「ジンくん、バレーには身長の関係ない守備専門のリベロ、っていうポジションもあるんですよ。そういう意味では車椅子スポーツと同じですね。どんな人でもバレーボールを! みたいな」
脚のせいでスポーツができないのも。身長のせいでバレーができないのも。確かに感覚としては似ているかもしれない。そう思っていると、今までで一番。愛菜さんが怒った顔をした。
「確かにリベロの始まりとしてはそうね。その認識は間違っていない。でも現代バレーにおいてリベロは大事な7人目の選手。身長が低い人向けのポジションだなんて思われたくない。身長が低い方が床との距離が近くなるっていうメリットはあるけど、身長が高ければその分腕が長くなって拾える範囲が長くなるというメリットもある。結局は身長なんかじゃなくて、守備の上手さが大事なのよ。それなのに……ごめん、言い過ぎた……」
長々と語っていた愛菜さんが恥ずかしそうに顔を背ける。だがいまだに俺も早苗も何も言えないでいた。こんな怒りながらも、楽しそうに語る愛菜さんは初めて見たからだ。実の姉ですら知らない事実だったが、メイドの熱海さんだけはドヤ顔を見せつけている。
「愛菜さんはですね! バレーが大好きなんですっ! つい最近までは辞めていましたが、2週間前に復帰っ! 実力はまだまだですが、バレーへの愛は誰にも負けませんっ!」
「ちょっと熱海うるさいっ! べ、別にバレーのことなんか好きじゃないんだからぁっ!」
さらに真っ赤になってぶんすかする愛菜さんと、嬉しそうに笑っている熱海さん。その姿を見た俺は、思わず口走っていた。
「……なんでそんなに好きなのにやめたの?」
「……あんたなんかに、なんでそんなこと……」
「頼む、知りたいんだ。俺今、自分が好きなことを探してて……わからないんだ。俺は早苗が大好きだけど、絶対に捨てようとは思わない。それなのに、なんで……」
「も、もう……ジンくんったら……私だって大好きですよぉ……」
後ろで照れているであろう早苗の顔をちらっと見て幸せな気持ちになった後、正面で恥ずかしそうにしている愛菜さんを見る。そしてその口がゆっくりと開いた。
「……身長が伸びなくて……いつまでも試合出れないから……辛くなっちゃったんだ」
「それなのになんで復帰したの?」
「それは……言わない」
「なんでだよ! 教えてくれてもいいだろ!」
「絶対に言わないんだからっ! ばーかっ!」
「愛菜さんはですね! ジンさんのおかげでバレーに復帰したんですっ!」
「なんで言っちゃうのよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
大きな体育館に、2人の大声が響き渡る。その後観念したかのように、愛菜さんは俺にビシッと指を突きつけた。
「あんたが言ったんでしょっ!? 夢だけは嘘つけないってっ! そのせいで思い出しちゃったのよ……プロのバレー選手になりたいなんていう、絶対に叶わない夢をね」
それは厨房で愛菜さんが玲さんのパティシエになりたいという夢を否定した時のこと。将来大企業に入って人生成功したい、幸せになりたいと思っていた俺はそう言った。
「悔しいけどあんたの言う通りよ。この道だけは嘘をつけない。叶わないって知ってても諦めきれないの」
……たぶん。これを訊いたら愛菜さんは不機嫌になるだろう。それでも訊かざるをえなかった。
「その夢が叶ったら。愛菜さんは何を目標に生きるんだ?」
俺は夢が叶った。幸せになるという夢が。だからこの先がわからない。夢が長続きするよう努力する以外には、何をすれば……。
「はっ。あたしに偉そうなこと語った割にあんたも案外小物なのね」
予想とは外れ、愛菜さんは勝ち誇ったように。前を向いて言った。
「次の夢を見つけるだけよ」
次の、夢。幸せになった先の、もっと幸せになるための夢。
愛菜さんで言えば世界に出るとかだろうか。オリンピックに出るとかかもしれない。
だったら俺は。早苗と、園咲家と一緒にいるだけで幸せな俺が。もっと幸せになる方法があるのだろうか。もっと幸せになってもいいのだろうか。俺は――。
「早苗。今日、一緒に寝ないか?」
「…………。ふぇ?」
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