第1章 第3話 はじめてのメイド
「寝坊したっ!」
暗闇の中で飛び起きると、左脚に強烈な痛みを感じてベッドに倒れる。そこで思い出した。自分があのクソみたいな生活を抜け出したことに。
十年近く使っている中古のガラケーを開いてみると、朝の5時。確か昨日寝たのが夜10時だから……すげぇ。7時間も寝てたんだ。普段は2時に寝て4時に起きる生活をしてるから寝坊してる感があって当然だ。
いつもならようやく家族が眠りにつき、誰にも邪魔されることなく1時間ほど勉強してから新聞配達のバイトに出かけている。が、左脚が動かない以上バイトなんてできないし、バイトをする必要もない。幸せ過ぎて涙が出そうだ……。
でもあれだな……ベッドといえば保健室のカッチカチのものでしか寝たことのない俺にとって、こんなふかふかのベッドはどうも落ち着かない。いや7時間もぐっすり寝といて何言ってんだって話か。
とりあえずもう眠れない。かといって勉強家事バイト以外のことをここ数年やっていない俺がそれを封じられた今何をすればいいのか。勉強道具だけでも持ってきてもらえばよかったなーと思っていると。
「……ん?」
俺のベッドの隣に、寝る前はなかったもう一つのベッドが並んでいることに気づいた。そして暗くてよく見えないが、誰か寝ている。まぁ誰かっていうか早苗さん以外ありえないだろうが……よし。お礼というわけではないが、同じベッドに入ろう。向こうは俺のことが好きなはずだし喜んでくれるはずだ。
「よいしょ……」
この脚ではベッドからベッドに渡るのも一苦労。それでもベッドに渡った俺は布団を捲って早苗さんの隣に……。
「だれーーーー!?」
俺の隣で寝ていたのは早苗さんじゃない。別の女性だった。依然暗くてよく見えないが、髪が黒い以上別人なのは明らか。そしてその女性は目を見開き……。
「おや、お手付きですか。これは早苗様にお伝えしないといけませんね」
女性は素早くベッドから飛び起きると、長い黒髪を後ろで留めて電気をつける。ようやく彼女の姿がはっきりと見えたと同時に、サーっと血の気が引いた。
「メイドさん……!?」
さっきまで寝ていたはずの女性はなぜかミニスカートと黒ニーソックスのメイド服を着ており、ベッドの上で呆然とするしかない俺を見下ろしていた。
「はじめまして。早苗様の侍女を務めております、武藤斬波です。早苗様の命により、当分の間ジン様のお世話係を務めることになりました。それなのにいきなり襲われるなんて……早苗様にどう伝えればよいか……」
「早苗さんには黙っててくださいっ!」
しまったしまったしまった……! 真相はどうあれ、知らない女性のベッドの中に入ろうとしたのは事実。これが早苗さんに知られれば……追い出されてもおかしくない。浮気がばれた男みたいになるのも当然だ。
「いやでもほんと違うんです! 早苗さんがいるものだと……」
「眠っている早苗様を襲おうとしたんですね」
「そうじゃないんですぅ……!」
どうしよう。言い訳のしようがない。何て言えば俺の真意が伝わるか……と考えを巡らせていると、
「なーんてね。冗談です」
武藤さんは軽い調子でそう言うと、大きい瞳を眠そうにとろんとさせて俺の隣に腰かけた。
「すいません、ちょっとからかいました。そんな人じゃないことは早苗様からよく聞いていますよ。勤務時間外なので許してくださいね」
「……!?」
どうしよう。全然事態が掴めていない。俺の様子からそれを察したのか、武藤さんはのほほんとした調子で説明する。
「早苗からジンのお世話係になるよう言われたのはほんと。だから何かあってもいいように隣で寝てたんです。まぁ勤務中なら報告してもいいかなって感じなんですけど、ここの仕事ホワイトなんで。週5で8時間フレックスタイムしてれば文句言われないんですよ。だから今は勤務時間外。お互い気楽に付き合いましょ。同い年ですし」
「は、ぁ……」
何が何やらではあるが、とりあえず問題なしなのはわかった。よかったー……ほんと。
「えーと……武藤さん?」
「斬波でいいですよ。勤務時間外は私もジンって呼ぶし、一応今は私の主なんだから。それにですね、園咲の側近だいたい武藤なんで紛らわしいんですよ。そういう一族っていうか、楽でお金いっぱいもらえるから文句ないって感じですかね」
なんというか……ほんと軽いな。だがとりあえず、俺の味方ということでよさそうだ。そしてたぶん、早苗さんより裏側のことを知っている。ちょうどいい。聞きたいことを聞いておこう。
「早苗さんと結婚するっていうのは……ご両親とか、偉い人とか。納得してるのか?」
早苗さんは俺のことが好きだからいいだろう。でも他の人はどうだ? 俺みたいな文字通り下民との結婚なんて認めたくないはずだ。
「あー……たぶん大丈夫だと思いますよ。園咲家ね、みんな馬鹿な善人なんですよ。だからそういうの気にしてないっていうか、名家とか障害とか。あんまり関係ないんじゃないですかね。ただ娘が好きな人だから結婚させてあげたいってだけですよ」
この話が本当なら。こんな上手い話はない。いくらなんでも、俺に都合が良すぎる。
「で、実際のところどうなの? 早苗のこと好きなの? それとも金持ちの家に迎えられてラッキーって感じ?」
「……出会って1日で人を好きになれるほど恵まれた生活はしてないよ。親がよく詐欺に引っかかるんでな。だから下手なことは絶対に言わない。録音とかされてたら怖いからな」
「あら、ばれてた?」
斬波は何の悪びれもせず、スカートのポケットからボイスレコーダーを取り出してひらひらと振ってみせた。
「勤務時間外なんじゃなかったのかよ……」
「うん、そうだよ。これはあくまで私がしたかったこと」
ボイスレコーダーの電源を切り、斬波は少し寂しそうに笑う。
「早苗ね……本当にジンのことが好きみたいなんだよ。帰ってきてからずっとあなたのことばかり話して。鬱陶しいったらありゃしない。まぁでも主だし、何より生まれた時からずっと一緒にいる双子みたいなものだから。黙って聞いてたんだよ。……悪いね。私、園咲と違って馬鹿でも善人でもないから。まともな家庭環境で育てられてない人のことは当然のように疑う。だから実際に話して……早苗を不幸にするような奴だったら。失言を引き出して追い出すつもりだった」
さっきまでの軽さはどこへやら。つぶやくようにそう語る斬波の瞳は俺を見ない。ただ今にも何かが零れそうに、揺れている。
「……で、どうだったんだよ。俺は早苗を不幸にすると思うか?」
「どうだろうね。……少なくとも、もっといい人はいると思う」
「だろうな。そこを否定するつもりはないよ」
「……まぁ。私がとやかく言っても仕方ないし。早苗を泣かせたら許さないからね、とだけ言っておくよ」
そして斬波は袖で目元を擦り、立ち上がって話を終わらせようとする。でもこれで逃がすわけにはいかない。
「まぁ待てよ。ボイスレコーダー付け直してくれ。勝手に止められたら困るんだよ」
「……なに? いいけど」
斬波がボイスレコーダーを弄り、俺へと向ける。別に保身ってわけじゃない。本当にただ、話の途中だっただけ。だから俺は付け加えないといけない。
「出会って1日で人を好きになれるほど恵まれた生活はしてないよ。悪いけど、俺は人を疑わないと生きていけない。そういう人生だったからだ」
でも、今は。
「それでも俺は早苗さんを好きになりたいと思ってる。恩とかメリットとか、そういうのじゃなくて。俺は早苗さんと一緒に生きていきたい」
そう言うと、ボイスレコーダーがピッ、と音を鳴らし、電源が切れる。
「……クッサ。早苗がこういうの好きだから言った、とかだったら尊敬するけど」
「どうだろうな。何を言ってもお前は俺のことを信じられないだろ?」
「まぁね」
斬波はそう言って再びボイスレコーダーの電源をつけ、
「それでも私はジンを信じたいと思ったよ」
それだけ言って、電源を消した。
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