第3章 第1話 新学校
「きゃーっ! ジンくんかっこいいです!」
「そ、そう……?」
アクアの事件が起きてから2週間。今日は俺が早苗たち6姉妹が在籍する私立風鈴学園の高等部に転校する日だ。俺が風鈴学園のベージュ色のブレザーに袖を通すと、早苗がぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでみせた。
「それにしてもジンくん、転入できてよかったですね!」
「そりゃあ全国1位だからな! この日本に俺が入れない学校はない!」
「ずっと言ってますよねそれ。私でさえもう褒めないのでやめた方がいいですよ?」
ぐっ……いいだろ別に……! これくらいしか誇れることないんだから……!
「さぁ、では行きましょうか。私たちの幸せスクールライフの開幕です!」
何はともあれ早苗の言う通り、今日から俺は金持ち学校に通えるんだ。偏差値的にはたいしたことなかったが、あの虐めが横行している東山高校よりは間違いなくマシだろう。顔には出さなかったがワクワクしながらバカデカ高級車に乗り込む。
「……これってリムジンってやつだよな」
怪我のこともあり見送るばかりで気づかなかったが、乗った瞬間あまりの場違いさに眩暈がしてしまう。車内だというのに中央にはテーブルが置かれ、それを挟むようにソファのような革張りの椅子が設置してある。シートベルトがなければ高級ホテルの一室のようだ。
「まぁ姉妹とそのメイドにジンくん計13人を運ぶわけだからね」
「普段からこんな高級車乗り回してるわけじゃないから安心して~」
一番奥のシートに座っていた長女のグレースさんとそのメイドの侑さんが、ビビっている俺に笑いかけてくる。二人とも大学2年生で普段は朝から登校することはないが、今日は1限があるのだろう。肌の露出は多いが気品あふれる私服で脚を組んでいる。
「ぁ……お義兄さん……おはようございます……」
「あー玲ちゃん朝すっごい弱いので気にしないでください。それより同じ学校ってことは先輩って呼ばなきゃですねぇ。ということでかわいい後輩をかわいがってくださいねっ」
うつらうつらしている園咲家三女の玲さんと、そんな玲さんに肩を貸しながらキャピキャピと声をかけてくるメイドの瑠奈さん。高校1年生の二人は早苗と同じ純白のワンピースタイプの制服を着ている。
「まったく、たかだか車程度にビビって情けないわね。これだから貧乏人は嫌になるわ」
「ジンさん! 愛菜ちゃんの隣は控えていただけると助かりますっ! 緊張して心臓バクバクしちゃうそうなのでっ!」
「余計なこと言わなくていいのよ馬鹿!」
相変わらずのツンデレな四女の愛菜さんと、狭い車内によく響く声量の熱海さん。二人の中等部の制服も高等部と同様純白のワンピースだが、パリッとした高等部とは違い少しゆったりした印象だ。
「朝から騒がしくて申し訳ございません、お義兄さん。難しい注文だと思いますがぜひくつろいでくださいね。ほら風花」
「うんっ。ジンさん、スリッパです。どうぞ履いてください」
相変わらずと言えば杏子さんも杏子さんだ。しれっとグレースさんよりも上座に腰掛けながら微笑んでいる。小学生らしい大きな帽子をかぶってはいるが、風格は誰よりも一番ある。というか杏子さんのメイドの風花さんから差し出されたスリッパ……これ履くのが正解なのか? それともマナー違反? 杏子さんは穏やかな顔をしながらも試すような視線を向けてきている。これミスったら追い出されたりするか……!?
「おにいちゃん! くるみのおとなりすわってー!」
「わたしと来海のおとなり。確保しておいた」
リムジンよりも恐ろしい杏子さんの視線に怯えていると、無邪気な来海ちゃんとそのメイドの冬子ちゃんが間の席をポンポンと叩いて招いてくる。この二人はかわいいなぁ……癒される。同じ小学生なのに偉い違いだ。
「だめですよ来海、ジンくんは私の隣に座るんです。ねぇ? 私の隣がいいでしょう?」
来海ちゃんの方に行こうとすると、入口から一番近い席の横を確保した早苗が暗い瞳で顔を近づけてくる。だから小学生と張り合うなって……いやそれは杏子さんに怯えている俺も同じか。
「それもだめ。早苗じゃ何かあった時対応できないでしょ。ほら詰めて」
早苗が空けてくれた席に座ると、トランクに車椅子を詰めてきてくれた斬波が早苗を押し退け俺の隣に座った。
「ありがとな、斬波。いつも助けてくれて」
「……いえ。これも業務の内ですので」
突然仕事モードに突入した斬波がペコリと頭を下げてくる。いつものメイド服じゃないし学校にいる間は仕事から解放されていると思ったのだが違うのだろうか。
「とにかく出発しましょう。主人を遅刻させるわけにはいきませんから。出してちょうだい」
斬波の指示により車がゆっくりと動き出す。斬波は園咲家側近、武藤家本家の長子らしい。老年の運転手さんに声をかけたのもその関係だろう。おそらく斬波は園咲家に仕える使用人全員を指示できる立場にある。現段階では早苗よりも強い権力を持っているはずだ。
「……何か?」
「いや、すごいなって」
「どうも」
俺の視線に気づいた斬波が目を向けてくるが、軽く流して正面を見る。俺と斬波は友だちだ。性格的にもある意味早苗以上に腹を割って話せる友人。
が、それはあくまでプライベートの話。東山高校の件でもわかったが、斬波は早苗と離れてでも俺のところにやってくる。ただ心配してくれているだけではない。その目的はおそらく監視。
断言できる。まだ斬波は、100%俺を信頼しているわけではない。というよりむしろ……。
「そろそろ到着しますよ」
姉妹たちと会話しながら斬波の様子を窺っていると、早苗が声をかけてくる。
「想像してたよりずっとでかいな……」
窓の外に視線を移すと、まるで城のような巨大で荘厳な建物が目に入る。ここが俺の母校になる風鈴学園か……。
「それではまた」
一応パンフレットを読み込みこの学校の知識は仕入れて来た。風鈴学園は小中高大一貫校で、敷地内に車道もあるほどの広大な面積を誇っている。当然それぞれの建物は離れており、車はまず高等部へと寄る、そして俺、早苗、斬波、玲さん、瑠奈さんの高校生組を下ろすと車は小学校の方へと去っていく。おそらく優先順位が実質的長女の早苗、後継第一候補の杏子さんという流れになっているのだろう。
「にしてもすごいな……」
斬波に車椅子を押してもらいながらキョロキョロと見渡してみるが、感嘆の声しか出てこない。豪華な装飾が施された校舎以外にも辺り一面に咲き誇る花々、存在意義のわからない噴水、なんかすごそうな銅像……学校というより美術館のようだ。
「ではまた放課後に」
「う……うんっ……」
1年生の玲さんたちと別れ、2年の教室へと向かう。風鈴学園内にはエレベーターが所々にあり、小さな階段の横にはスロープもある。転入試験の時には1人で3会の教室まで行ったが、特に不便は感じなかった。早苗曰く今時これが普通、らしいのだが……どうにもまだ慣れない。元の学校では下駄箱にも行けなかったというのに。
「私たちはみんな同じクラスです。ずっと一緒にいましょうねっ」
「へぇ……すごい偶然だな」
「そ、そうですね……すごい偶然です……」
どうやら偶然ではないらしい。園咲家の力でも使ったのではと思っていると、斬波が耳打ちしてきた。
「学校からの厚意だって。助けてくれる人がいた方がいいだろうって」
「そんな気にしなくていいのに……」
やっぱり慣れないな……どうしてこんなにも親切なのだろう。園咲家がバックにいる……というのもあるとは思うが、にしてもだ。
「一旦職員室に行きましょうか。先生に指示を仰ぎましょう」
2年生の教室がある三階へと向かわず、そのまま一階にあるこれまた大きな職員室へと移動する。早苗が挨拶すると、風鈴学園の雰囲気にはそぐわないヤンキーっぽさのある若い女性教師が手を挙げる。
「お前が須藤だな。私は2年A組担任、佐々木由紀だ。よろしく」
胸元のポケットに煙草の箱を覗かせたパンツスーツ姿の佐々木先生。なんか逆にこういう感じの方が落ち着くな……。
「園咲と武藤は教室に戻れ。すぐに私たちも行く」
「わかりました! ではジンくん、また」
「ああ。連れてきてくれてありがとう」
早苗と斬波を見送ると、佐々木先生がため息をついた。
「あいつのあんな笑顔初めて見たな……」
「……普段は静かなんですか?」
「あいつ見た目だけはいいからな……深窓の令嬢って感じだよ」
見た目だけはいい。悪口にも感じるが、その言葉だけで早苗のことを理解していると信頼できる。あの天然っぷりを知っていないとその発言は出てこない。
「先に言っておく。お前が歩けなくても特別扱いする気はない。配慮はするが、特例はしない。園咲に対してもだ。それが嫌なら……」
「いえ、そっちの方がありがたいです」
「そう言ってくれて助かるよ」
先生はそう言うと、さっそく俺の車椅子を押そうとする。ありがたいが不要な気遣いだ。
「それも大丈夫ですよ。1人で動かせます」
「そうか? うちのクラスにはもう1人車椅子の奴がいるんだが、そいつは室内だと難しいらしくてな。まぁ当たり前に個人差があるか。あぁそれと、名前の件は聞いている。通名でいいからな」
別に塵芥と言われても構わないが、早苗が毎回嫌な顔をする。ジンで通せるのならそっちの方がありがたい。
「生徒はみんな優しいから心配するな。まぁ仲良くなれるかはお前次第だが」
「はい……がんばります」
エレベーターに乗り三階。2年A組の教室に到着する。扉を開くと俺の知っている教室とは全く異なる光景が広がった。電子黒板にプロジェクター。タブレットに音響機器。転入試験の時もビビったものだが、いつ見ても新鮮な驚きがある。
「はじめまして。須藤ジンです。よろしくお願いします」
俺が立ちあがってそう挨拶すると、先生がモニターになっている黒板に俺の名前を書いた。文字で見て改めて実感する。俺の人生は大きく変わったのだと。
「お前の席は園咲の隣だ。最後尾だし車椅子は動かしやすいだろう」
「何から何までご配慮ありがとうございます……」
思わず心の底からの感謝が出て、車椅子が余裕で通れるほどに開いた机の間を通って最後尾中央の席に行く。右隣には早苗が。そして前には斬波の姿があった。
「1限目はホームルームだ。園咲、武藤。お前たちは須藤に学校を案内してやれ」
「……先生。体調悪いので保健室行ってきます……はぁ」
佐々木先生がそう言うと、斬波がけだるげに手を挙げてそう言った。早苗に向ける恨めし気な視線はともかく、それはつまり。
「学校デートですね、ジンくん」
早苗が小声で俺に囁いた。




