第2章 第8話 妹
「お前ら! 死んでもあのクソ女共からスマホを奪い取れ!」
「みんな、ジンがあそこまで身体張ったんだ。ここで日和ったら武藤の名が泣くよ。勤務開始!」
アクアと斬波の指示に従い、男子生徒二十数人とメイド4人の乱闘が始まる。作戦立案の段階ではこの状況を避けることを前提にしていた。俺が下手に出れば間違いなく調子に乗って暴力を振るってくる。その様子を撮影して、解散。後日SNSで拡散が俺が考えた作戦だった。
だが斬波は言った。「私が襲われればもっと重い罪を着せられるんじゃない? もちろん触らせるつもりはないけどさ」。
侑さんは言った。「なんならその場でネタバレしちゃおうよ~。そっちの方がスカッとするって~」。
瑠奈さんは言った。「ルナたちこーんなにかわいいのに結構強いんでー。喧嘩になっても絶対負けませんよー?」
熱海さんは言った。「なるべく大勢を捕えましょうっ! 大丈夫です! 私たちが上手くフォローしますっ!」
それでも反対ではあった。おそらくアクアは警戒して屈強な男を連れてくるだろうし、斬波たちは強いと言っても女子。俺は身体の都合上何かあっても助けることはできない。もしものことがあったら早苗たちに合わせる顔がない。だが半ば無理矢理押し切られ。そして作戦は完璧に上手くいった。
「何なのこれ……! ありえない……!」
危なげもなく、圧倒。メイドたちは幾人もの男を問題なく制圧していた。まだ数は残っているがこの調子なら特に問題はないだろう。さすがは名家直属の付き人と言ったところか。これ早苗に変なことしようとしたら絶対殺されるな……。
「塵芥……あんた恥ずかしくないの!? 自分は何もしないで女の子に庇ってもらって! それで勝ってうれしいわけ!?」
「恥ずかしいかと聞かれたら、恥ずかしいよ。本当なら俺が一人でお前を倒したかった」
負け惜しみのような絶叫に俺は返す。自分で思っていたより冷たい声が出たことに少し驚いた。
「早苗の隣に立てるような人間になりたかった。俺一人の手でお前ら全員見返して勝ち誇りたかった。そのために色々考えたけど、どうしても思いつかなかったし植え付けられたトラウマはどうしようもない。だからもういいんだ」
俺が早苗だったらもっと上手く立ち回れただろう。斬波だったら逆らう奴ら全員ぶちのめせたかもしれない。杏子さんだったらとっくに全て解決したはずだ。
でも俺は彼女たちではない。親があれだし育ちは悪い。勉強はできるがそれも無理しただけで、家族に逆らうのもいまだに怖い。そして何より脚が動かない。俺一人じゃ何もできない。これが俺の現状だ。
「俺はお前らには敵わない。ほんとはずっと前から知ってたんだ。お前らを見返すのは将来のことだってずっと言ってたんだから。だからまだ、いい」
俺を待ち受けている未来は明るいだけじゃない。脚を癒す必要があるし、常識は知らない。家族へのトラウマも払拭しなくてはならないだろう。たくさん。真っ当な人間になるためにたくさんのリハビリをしなくてはならない。
「今の俺は一人じゃ何もできない。その現実を受け入れたくなかったんだと思う。松葉杖が辛いなんて言い出せなかったし、誰かに助けてもらうのが嫌だった。ずっと一人で生きてきたから、他人に同情されると見下された気分になった。でも俺がやりたいこと……今お前ら全部を潰すためには俺一人の力じゃたりない。だから受け入れた。心も身体も、俺の弱いところ全部を。だからお前じゃ俺には勝てないよ。お前が相手にしてるのは俺じゃない。生まれも育ちも俺たちよりずっと強い、本物なんだから」
言い終えるや否や、アクアが動き出す。車椅子に乗って身動き取れない俺に向かって。
「クソ女どもぉ! 一歩でも動けばこいつを殺す! さっさとスマホを渡せぇっ!」
俺の背中に回ると首に腕を回し、メイドたちにそう脅迫する。そして俺の首筋に何か尖ったものを押し当てながらつばを飛ばして絶叫した。
「あんたなんかと一緒にするな! あーしは違う……あの家族とも上手くやれて、学校を支配して、勝ち組になる! もう二度と虐げられないように!」
俺の視界に映るのは依然制圧をやめないメイドたちの姿ではない。遥か昔、思い出したくない記憶の中で、微かな光を放つあの光景。
「なぁ覚えてるか? 俺たちがガキの頃……親父に殴られていた俺をお前が庇ってくれた時のことを」
「あぁ!?」
『お兄ちゃんを虐めるな』。そう言って俺の前に立ちはだかって、やはり俺と同じように殴られていた小さな身体。
「あの時俺は決めたんだ……。どれだけ痛くても、どれだけ苦しくても。お前が虐げられてる時、俺が絶対守ってやるって。そう決めたんだ」
「……覚えてるわけないでしょ。その話が本当だったらあーしは馬鹿だったんだね。そんで学んだんだ。弱い奴を助けても何の意味もない。強い奴に従ってればいいんだって! それで? 同情でも引こうって!?」
覚えてない、か……それならそれでいい。もう終わった話だ。
「別に何でもないよ。ただの子どもの頃の思い出だ。今のお前は俺を守らないし、今の俺はお前を守らない。俺たちはそういう風に育ったんだから……いつまでもそんなガキのようにはいられない」
「当たり前でしょ……あんたなんか大嫌いなんだから……!」
「だけど礼は言っとくよ。お前のおかげで今の俺がある。あの時お前が庇ってくれなかったら、俺を大切に思ってくれる存在がいるなんて気づきもしなかった。お前に教えてもらったから知ることができたんだ。おかげで敵わなくても、戦える」
俺を人質に取られながらも斬波たちが制圧を続けるのには理由がある。全部を相手にしたくても叶わない、俺ができる最大限。
「妹の不始末は兄貴が責任を取らなきゃな」
俺は全身を使って身体を捻り、車椅子を前方に転がした。俺も倒れたが、同時に俺に密着していたアクアも車椅子の上を渡るように倒れていく。
「いった……何すんのよ……!」
前転の形で転がったアクアが頭を抑えながらゆっくりと立ち上がる。俺は一人じゃ歩くことすらままならない。脚がついてきてくれないからだ。でも立ち上がるのだけは別だ。何度も何度も転んで、その度に立ち上がってきた。それだけが俺の自慢。唯一他の家族に勝っている長所。だから。
「ごめんな、アクア。約束を守れなくて」
アクアより先に立ち上がった俺は、彼女の顔面に拳を振り抜いた。倒れ込むように、全身を使って、全身全霊で。
「ぉ……に……ゃん……」
一緒に再び床へと崩れていく中、アクアの口から声が漏れるのが聞こえた。でも聞こえないフリをして、俺のために協力してくれたメイドたちに伝える。
「ありがとう、終わったよ」
「こっちも終わったよ」
白目を剥いて倒れるアクアに覆いかぶさる俺に斬波が近づいてくる。気づけば周りにいる男子生徒はみんなアクアと同じように床に崩れていた。
「ジンさん、こっちも終わりました!」
「証拠、たくさん。これでこの学校も終わり」
杏子さんのメイドの風花ちゃん、来海ちゃんのメイドの冬子ちゃんが教室に入ってきて俺に駆け寄る。
2人に頼んでいたこと。それは校長室と職員室への侵入。身体が小さい2人だからこそできることだ。
「校長室で虐め調査のアンケートの改竄が行われていました。動画も撮ってあります」
「ありがとう……全部みんなの終わりだ」
この情報をSNSとやらに流せば東山高校は終わり。アクアの悪事も止められたし、俺を虐めていた生徒や教師も責任を取ることになるだろう。俺の目的は全て達成した……と思っていると、斬波が難しそうな顔で口を開く。
「ジン……これでよかったの? 妹さんが……」
「……いいんだよ。俺の家族はみんなだけだし、妹はみんなの主人だけだ」
こうして俺は。唯一残っていた元家族への情と袂を分かった。




