第2章 第6話 全部
「クソっ!」
叫ばざるを得ない。むしろ昼休みに入るまでおとなしくできたのを褒めてほしいくらいだ。人気のない校舎裏で、何も憚らず俺はただ怨嗟の言葉を口にする。
「落ち着きなよジン。お金は大丈夫だからさ……」
「そこじゃない! アクア……クソ家族! あいつらが得するだけのは許せない……!」
斬波に当たってもしょうがないことはわかっているが……クソ! どうしてこうなる……どうしていつまでもあいつらが付きまとう……! どうして俺はあいつらに勝てない……! クソ……クソ……!
「須藤くん……」
「……津村さん」
誰にも見られたくない現場に弁当片手にやってくる津村さん。……こいつは俺の味方か? それとも敵か……いやどうでもいい。
「もう俺に関わるなよ……」
「でも教室も居心地悪くて……。須藤くんの妹さんが来てるよ。色んな人と話してる……先生も、戸川くんも……」
「はぁっ!?」
戸川……! 俺への謝罪はただのポーズだったってわけか……まぁそりゃそうだよな。何を期待してたんだ俺は……。
「所詮人なんてそんなもんだよ。相手のために謝罪する人なんていない。結局みんな自分がかわいいだけなんだから」
「……そうだな。せめて大人は誠意を見せてほしかったけどな……」
どうする。一度和解してしまえばもうこれ以上は何もできない。俺には何の得もないまま、元家族だけが得をする。
なんだこれ。早苗と対等になるって意気込んだくせにこの様だ。負けるだけならまだしも挑むことすらできずに詰み。結局怖いままなんだ、あの家族に逆らうのが。こんなんじゃ俺は早苗に……。
「でもよかったよね、須藤くん」
「……あ?」
近くの段差にハンカチを置いて腰かけながら、何も悪びれずに津村さんは言う。
「だってそうでしょ? 転校するって言ってたし、素敵な婚約者さん? もいるんだから」
「でも……アクアが……」
「妹さんは妹さんでしょ? 須藤くんは須藤くんの幸せを掴めばいいんじゃないかな」
「まぁ……そうかもしれないけど……」
確かに津村さんの言葉にも一理ある。俺に得はなかったが、損害は出ていない。割り切ってしまえば幸せになれる。でも……それでも……!
「俺は俺の家族が不幸にならないと幸せになれない……!」
誰に何と言われようが構わない。クソみたいなことを言っていることも自覚している。でも家族は……あいつらだけは……!
「……斬波。なんかずっとスマートフォンが震えてるんだけど何とかしてくれない?」
「え? それって……げ。早苗200回電話してきてる……重い彼女じゃん……その通りだけど……」
斬波にスマートフォンを渡すと何かブツブツ言い始めた。そして俺に返すと、スマートフォンから音声が聞こえた。
「ジンくん……どうして電話に出てくれないんですか……浮気ですかそうですか……」
「え!? 早苗!?」
耳元に当てると早苗の声がはっきりと流れる。そうかこれ電話だったな……どうしてこんな板でそんなすごいことができるんだろうな……。
「ごめん、スマートフォンの使い方わからなかった……」
「そ、そうですよね、ごめんなさい……。私信じていますから。そこに斬波以外の女がいるはずないですもんね」
「い……いないよ……?」
どっかで見ているのか……? いやそれはないよな……ないない……。
「それで……どうしたの?」
「ジンくんの声を聞きたかったというのが9割。残りの1割は順調かなって思って……」
「ああ……あんまりよくない。ていうか詰みだ。アクアが面倒なことし始めて……」
「なるほど妹さんが……それで学校の方は?」
「穏便に済ませたいみたいだ。まぁ学校自体に興味はないけど……」
「え? そうでしたっけ?」
板から早苗の素っ頓狂な声が漏れる。そして。
「ジンくんの目的は自分を虐げてきた人たち全てに仕返しすることでしょう? なら学校も標的なのでは?」
言われてようやく思い出した。いや、ずっと覚えていたのに思い出さないようにしていたんだ。早苗と出会う前の、本来の自分を。
「やりたいことを抑えなくていいんですよ。全部叶えましょう。ジンくんの幸せのために。私や私たちは協力しますよ、いくらでも」
「ああ……そうだな……」
そうだ……全部。全部だ。俺を虐げてきた全部を見返してやる。それが俺の全てだった。
学校に興味がない? 他の連中を許す? 何を甘えているんだ。そうじゃないだろう、俺のこれまでの人生は。
「斬波……スマートフォンの使い方を教えてくれ。何ができるのか、どうすれば使いこなせるのか。全部だ」
「え? うん……それはいいけど……何するつもり?」
思い出せ、一日2時間しか寝なかった生活を。見返すためにバイトをこなしながら全国1位を取った日々を。使えるものは全部使ってやる。そして!
「この学校を壊すんだよ」




