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第1章 第2話 同罪

「今日からここが君の家だよ」



 親に捨てられ、同時に拾ってもらった時から約1時間後。俺は大きなタワーマンションの前にいた。



「いややっぱいいです! 下ろしてください!」



 こんなすごいものを見せられ、思わず車椅子の上でそう叫んでしまう。将来的にはこういう家にもとは思っていたが、いざここに住んでいいよと言われたら尻込みせざるを得ない。ボロアパート住まいの俺に、こんなのは眩しすぎる。



「そうはいきません。あなたは私が出世払いということで買ってもらった大切な商品。拒否権はありませんよ?」



 俺の車椅子を押す、俺が助けた少女。園咲早苗(そのざきさなえ)さんは、台詞とは正反対の優しい笑みで無様に喚き散らす俺を受け止めてくれた。



 そう。本当は結婚なんてと思っていたし、実際にそう言った。ただ助けただけで。ただちょっと左脚に麻痺が残っただけで、ここまでしてもらう義理はない。だが早苗さんは。



「私を助けてくれた時。思ったんです。私、この人と結婚したいと。だからこれは私のエゴ。あなたが気に負う必要はありません」



 あくまでも恋愛の延長線だと。たまたま自分が超有名玩具メーカー社長令嬢だっただけだと言うのだ。そんなことを言われたら、俺に反論することはできない。そもそも反論する権利などないのだが。



「そうそう、お名前何にしましょうか」

「言ってなかったっけ。須藤塵芥(すどうじんかい)だよ。ちりあくたって書いて塵芥」

「それが問題なんです! 社長令嬢の将来の夫の名前がそれでは格好がつきませんし、何より。私はあなたのことを『ちりあくた』だなんて呼びたくありません」



 俺は婿養子として拾われたわけだが、俺も早苗さんも高校2年生。まだ結婚できる年齢ではない。だから少し法律的には問題があるが、それも問題にしないということで多額の金を払い、両親から俺を買い取った。だから今の俺は婿養子でもないし、クズ両親の息子であることに変わりはない。だから勝手に改名、というわけにもいかないだろう。



「将来的には改名も視野にいれて、とりあえずはあだ名ということでいきましょう。違和感がないのは名前をとって『ジン』くんか、『カイ』くんでしょうか。学校ではなんて呼ばれているのですか?」

「ゴミ」


「…………。その……なんていうか……ごめんなさい……」

「いや気にしなくていいよ。じゃあジンってことにしよう。それがいい」



 須藤ジン。あるいは、園咲ジン。それが俺の第二の名前だ。



「どの部屋に入ってもらおうか。無理言って家で療養となったわけだから安静にしてもらわないといけないし……」



 社長というイメージとは裏腹に、優しさや朗らかといった明るいオーラを放つ早苗さんのお父さん、園咲龍(そのざきりゅう)さんが少し悩みながら言う。そうか、いくらタワマンって言っても家が広いってわけじゃないもんな。



「俺はどこでも大丈夫ですよ。普段ベランダで段ボールとビニール袋だけで寝てるんで」

「……君の家庭環境に今さらとやかく言う意味もないけど、大丈夫? ちゃんとごはん食べれてる?」


「食べてないですけど」

「そうか……。なら32階にしよう。そこなら医務室も近いし、早苗の部屋にも近いだろう?」

「はい! パパ、ありがとうございますっ」



 ……ん? 32階……? そこに家があるのか……?



「あ、言い忘れていましたね。このマンション丸々私たちの家なんです」

「…………。はぁっ!?」



 丸々って……え!? どう見ても40階くらいあるんだけど!? それが全部って……どうなってんだこの家!?



「早苗ちゃん、正確に言わなければいけまセンよ」



 少し片言の龍さんの奥さん、園咲シューラさんが早苗さんに注意する。改めて思うけどこの人ほんとに高2の母親か……? 30代……20代にも見えるくらいに綺麗だ。早苗さんと同じブロンドの髪ということもありお姉さんにも見える。それにしてもよかった……丸々っていうのは言葉の綾なんだな。ちょっとは安心……。



「パパの会社の慰安施設や、実際に仕事をしている人も大勢いマス。私たちの家は30階以上デスよ?」



 いやにしても金持ちすぎる……! ちょっと本気で嫌になってきたな……。分不相応感がすごい……!



「では私が部屋まで連れていきますね。疲れているでしょうし、明日は土曜日です。お話は明日いっぱいしましょうね」



 そう言って早苗さんが駆け足で俺を押していく。まるでホテルのようなフロントや廊下、エレベーターを通り、32階の一室に通される。いやホテルなんて行ったことないからイメージでしかないけど、想像以上になんか、綺麗だ。



「ここがジンくんのお部屋です。何かあったら呼んでください。すぐに向かいます」

「ありがとう……」



 広い部屋にベッドしか置かれていない部屋。掃除しても掃除してもゴミが溜まっていく我が家とは大違いだ。ていうか一部屋だけでも俺の家より広いんだけどどうなってんの……?



「……改めて言わせてください。助けてくれて、ありがとうございました」



 俺をベッドに寝かせ、早苗さんが頭を下げる。



「こんなことを言うのは失礼かもしれませんが……誘拐されかけてよかったです。とても大切な人に……大切にしたい人に出会えました」



 制服にも負けないくらい白い肌に紅が生まれる。たぶん本当に、俺のことが好きなのだろう。なら、言わなければならない。



「……ごめん。俺はそんなに良い人じゃないんだ」



 言わなければ、失礼だ。



「本当は最初……君を見捨てようとした。目の前で人が誘拐されかけてるのに、無視しようとしたんだ。面倒事に巻き込まれたくなかったんだ……俺が将来、全員を見返すために。俺が君を助けたのはたまたまなんだよ。たまたまそういう風に流れただけで……ごめん。失望したなら捨ててもいいから……」



 自分の気持ちを素直に口にするのは難しい。俺が言いたいのは、申し訳ないということ。こんなことをしてもらえるほど。早苗さんに好きになってもらえるほど、俺はできた人間ではない。



 だって、あの母親の血を継いでいる、ゴミ人間なんだから。



「……えいっ」



 早苗さんの目を見れないでいると、身体に衝撃が走った。早苗さんの身体が俺の上にダイブしてきたんだ。



「私、実はこの前の試験で赤点をとったことパパたちには隠しているんです」

「……は?」



 そして目と鼻の先で、突然馬鹿みたいなことを言い始めた。



「宿題はよく忘れるし……今日一人で出歩いていたのも、クレープを食べてみたいなと思ったからなんです」

「えーと……それはどういう……?」

「つまりですね」



 早苗さんの白く温かい手が、俺の頬に触れる。



「私もジンくんと同じ、ゴミ人間だということです」



 それは違う……と反論したかったが。まっすぐに輝くその青い瞳を前にしては。何も言うことができない。



「この世界に正しいことを正しく実行できる人間なんていません。みんながみんな、どこかゴミな部分を抱えているんです。でもそれでいいと思うんです。だって私があなたと結婚したいと思ったのだって、私のエゴなんだから」

「いや……でも……」

「それでも足りないと言うのなら」



 早苗さんの顔が俺へと近づき。唇と唇が、重なった。



「パパからこういうのは結婚するまで禁止と言われました。それでもジンくんとキスがしたかった私はいけない子です」



 まるで自分の方がゴミだから俺も受け入れると言いたげな顔に、俺は。



「これで俺も同罪だな」



 自分からも唇を重ねた。



「しゅきぃぃぃぃ……」

「ちょっ!? 早苗さん!?」



 一気に顔が沸騰して沈んだ早苗さんを心配しながら。俺の第二の人生は始まった。

とりあえずプロローグ的なのはこれで終わりです! 次回からは新生活編になります!


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の堂々とした振る舞いと性格イケメンなところに惚れました。 抱いて!
[一言] 既に幸せが溢れ始めててホッコリさせて頂きました! 更新が楽しみです!
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