第2章 第2話 反抗
親と子のつながりは深い。これは絆的なものではなく、法的な話だ。
どこまでいっても親は親で子は子。親は子の面倒を見る義務があるし逆もまた然り。互いに助け合うことを義務付ける法律が存在する一方で、その縁を断ち切る法律は存在しない。
特別養子縁組をして別の親の子になればそれも解消されるらしいが、それには様々な手続きや裁判所の審判が必要になる。多くの時間とお金を浪費しなければならないことを考えると現実的とは言い難い。
故に親がクズだと子の人生は実質的に詰んでしまう。どれだけ成功しようが一生消えない重荷だけが付いて回ってくる。
だからこうなるのも当然のことだ。俺が何かをやらかせば、連絡は法律上の親に行く。警察の呼び出しとなればいくらあの親でも動かざるを得ない。しかしそこはさすがのゴミ人間。自らが動くのではなく、娘をよこしてきた。俺の次に立場が低かった末子を。
「一応義理で来てやったけど、もうあーしいらないよね。じゃあ帰るから。もう二度と顔見せないでね、ばいばーい」
それだけ言うと本当に待合室から出ていってしまうアクア。ずいぶんな態度だがそっちの方が俺も助かる。俺だってもう二度と元家族の顔なんて見たくない。
「先程の方は?」
「……俺の妹。戸籍上のな」
「まぁ! では挨拶しないと!」
「いいよ別に。お互いもう……」
ルンルン気分の早苗に説明していると、再び扉が開きアクアが入ってきた。それを見た早苗はとてとてとアクアに近づき、頭を下げる。
「はじめまして。ジンの妻の早苗と言います。今後とも末永いお付き合いを……」
「は? 妻とかキッモ。冗談でしょ? てかそれよりおっさん。あんた金持ちなんでしょ? ちょっとお小遣いちょうだいよ。ほら、なんだっけ? 大切な子ども(笑)の妹なんだからさ」
あまりにも。あまりにも失礼な物言いに。俺たち家族の時間が止まる。そんな中真っ先に動いたのはグレースさんだった。
「しょーがないなー。かわいい義弟の妹さんだし、お姉さんが恵んであげよう。ほら」
そう言ってグレースさんは1円玉を、アクアの足もとに投げ捨てた。
「……なんのつもり?」
「初対面の相手に金をせびるくらい困ってるんでしょ? ありがたく拾いなよ」
「てめぇ……舐めてんの?」
「ぜんぜん。1円だって大切なお金だよ。血がつながっていないのに何不自由なく生活を送らせてくれているお父さんが稼いだ大切なお金。本当ならあなたみたいな乞食に渡すなんて絶対にいや。だからこれは最大限の譲歩。早く拾って消えてくれるとありがたいんだけど」
「あんたさぁ……!」
アクアがせっかくの1円玉を蹴り飛ばし、眉間に皴を寄せながらグレースさんへと歩み寄ってくる。
「さっすがジンの血縁者ね。むかつくのは変わらないわ」
そんな2人の間に入ったのは愛菜さん。脚をわずかに震えながらもキッ、とアクアを睨みつける。
「でもあんたみたいなゴミと比べたらあっちのゴミの方が億倍マシ。さっさと消えて」
「うっせぇなぁ!」
「警察署で暴力を振るう方がいるとは思いませんでした」
何の躊躇もなく拳を振りかぶったアクアの隣で杏子さんが静かに囁いた。それに続いて来海ちゃんと玲さんも口を開く。
「おねーちゃん嫌いー!」
「か……帰ってください……っ」
あの人見知りな玲さんまでも怒ってくれている。俺なんかのために。だったら俺も、黙っているわけにはいかない。
「アクア。ここはお前がいていい場所じゃない。俺とお前はもう、何の関係もないんだ」
松葉杖をつき、一番近い愛菜さんの前に立つ。正直足が竦む。こいつは……こいつらは。普通の人間じゃない。恐喝や暴力。それを何の躊躇いもなくできる人間だ。まともに話ができる相手じゃない。だから俺は……。
「はっ、ずいぶん言うようになったじゃない。いつも部屋の片隅でビクビク震えていたような雑魚が」
そう。俺は基本的に両親にも兄妹にも、反抗しなかった。怖かったから。多少の文句くらいは言うが、決定的に逆らうことはしなかった。自分の未来を守るために。でも今の俺は違う。
「今の俺には守らなきゃいけない人がいる。だからお前らみたいな奴に屈するわけにはいかないんだよ」
「それは。私の役目ですよ」
言いながらも震えが止まらない俺の隣に早苗が並ぶ。
「ジンくんの幸せを奪おうとする方は私が許しません。言っておきますが、私もあなたと同類ですよ? どんな手でも使えます。本当に、どんな手でも」
「っ……!」
早苗らしくない低い囁きに、アクアの脚が一歩退いた。ここに来た以上ある程度の事情を知っているからだろう。アクアは非行少女だが、早苗以上の行いはしたことがない。早苗もアクアもよく知っているからわかる。本当に怒らせたらいけないのは、圧倒的に早苗の方だ。
「まぁまぁ落ち着きまショウ。パーティーはできませんでシタが、ご馳走は残っていマス。家族みんなで食べマスよ」
「そういうことだ。お互い帰る場所に帰ろう」
お義母さんとお義父さんが俺と早苗の肩を抱き、待合室から出るよう促す。その時だった。
「覚えておきなよ。あーしらに反抗したらどうなるか。もう一度教えてやらないとね、塵芥」
捨てたはずの名前が、再び呼び起こされた。




