第11章 第7話 方向性の違い
〇斬波
「早苗、これ退職届」
「……は?」
ジンが一時的に帰ってきたその日の夜。私は早苗に退職届を提出した。
「……なんですかこれ。どういうつもりですか」
「そのまんまの意味。もう早苗には付き合いきれない。だから仕事辞めるって言ってんの」
早苗は私の顔と退職届を交互に見て顔を青くさせている。汗が滲み、何か言おうと口がパクパク動いているが声にはならないようだ。そこに私は追撃をしかける。
「ジンも玲も現実に向き合ってがんばってる。でも早苗はなに? 自分を悲劇のヒロインに仕立て上げて自分の殻に閉じこもってるだけ。そんな人をどうにかしようなんて、もう思えない。今までは好きだったし情もあったから付き合ってたけど、もうここら辺が限界。私もジンのとこ行こうかなって思ったの」
「……元はと言えば……斬波のせいじゃないですか……」
「元はね。でも今はもう、違う。私は謝ったし、これ以上ないくらいにがんばった。それでも駄目だっていうのならもういいやってこと」
「…………」
これが私の努力の方向性だ。今までは早苗に嫌われたくなくて。元の関係に戻ることだけを考えていた。でも上手くいかなかった。だから努力の方向性を変える。今までの関係を壊してでも、早苗に前を向かせる。それが私の新しい方向性だ。
「確かに原因を作ったのは私だよ。何をしても変わらない日常が戻ってくるだろうって甘えから招いた罪。でも今その罪を犯しているのは早苗。何をしても私が早苗から離れられないって甘え続けてる。何か反論はある?」
「……私は……みんなの幸せのために……」
「それが上手くいってないって早苗が一番わかってるんじゃないの? じゃあ変わらなきゃいけないんじゃないの? 本当にみんなの幸せを願ってるなら、自分がしていたことは間違いだったって反省して謝らなきゃいけないんじゃないの?」
「……斬波に言われたくない。斬波のせいで……斬波が悪いんだから……」
目を伏せてぽつぽつと言葉を漏らす早苗。でもその瞳に私への敵意はない。わかってるんだ。早苗だって全部わかってる。後は一歩進むだけ。その背中を押せるのはジンだけだと思ってたし、私が務めようと思ってた。でもそうじゃないんだ。ジンだって辛いだろうけど早苗を放置した。私だって辛い。今にも泣き出しそうな早苗を慰めてあげたい。でもどれも無理なら。早苗が自分から前に進むしかないんだ。
「私の役目は終わった。全部伝えてきた。それはジンも同じ。後は早苗の番だよ」
そう伝え、私は未練がましくつけていた左手の薬指の2つの指輪を早苗のテーブルに置く。今この6つの指輪は、全て早苗が所持している。
「ジンだけががんばったって仕方ない。私だけががんばったって仕方ない。早苗もがんばろうよ。幸せになりたいのなら。幸せになりたいのなら、がんばるしかないんだよ」
そう伝えて私は部屋を出る。私にできることは終わった。早苗に新しい環境を作ること。早苗が前に進める環境を作ること。これ以上私にできることは何もない。
……なんて言うのも甘えか。駄目なら駄目で、別の努力をする。絶対にあきらめない。たとえ何が変わろうと、また3人で集まるために。私は早苗の元から去った。