第10章 第26話 もう1人の主人公
寝れない。時刻は深夜0時。俺は両隣の杏子と侑の寝息を聞きながら退屈と戦っていた。
そもそも睡眠に慣れていない俺が眠るには早い時間。それに加え、寝袋での睡眠。キャンプなんてのはふかふかのベッドに慣れた恵まれた人間がたまにするからいいのであって、ベランダで睡眠をとっていた俺にとっては昔に逆戻り。普通にベッドで寝たい。しかも勉強道具持ってくるのも禁止されたしなぁ……。さすがに暇すぎる。なんてことを思っていると。
「……ん?」
テントの入口が揺れた。風ならいいが、動物だった場合……。いやそれ以上に不審者だった場合が問題だ。俺以外は女子。男に囲まれても普通にのせる侑となんかもう色々無敵な杏子がいるこっちのテントにたいした不安はないが、隣は……。
「おい、動くなよ」
人がいるかもわからないテントの外に声をかけ、杖を持って外に出る。大丈夫。境遇のおかげで喧嘩には慣れているし、こっちは長物持ち。2人くらいなら俺にでも……。
「……斬波?」
「ち、ちがっ、寝顔でもいいから見たくなったとかじゃなくて、その、その……!」
テントの外にいたのは体調不良で欠席だと聞かされていた斬波。雨も降っていないのに黒い雨合羽をフードまで被り、なぜか必要以上に慌てていた。
「よかった……体調不良じゃなかったんだな」
「え? あぁうん……。それで……その……」
「ちょうど話したいと思ってたんだ。ちょっと出れるか?」
「う、うん……」
2人を起こさないよう静かにテントから離れる。夜中の山だ。転ばないようにゆっくり進んでいく俺と、なぜか三歩後ろで気まずそうに目を伏せながら歩く斬波。お互い会話はなく、ただ木々の合間を縫っていく。
「この辺でいいか」
辿り着いたのはアクアと釣りをした川辺。ここなら周りに木々はないから月明りが届いて明るいし、川の音で静寂が気にならない。
「その……怒ってないの……私に……?」
大きな岩の上に腰かけると、座ることもせず後ろで斬波が訊ねてきた。
「なんで斬波に怒るんだよ」
「だって私のせいで……私が余計なことしたから早苗と……別れることになったから……」
「別に斬波のせいじゃないよ。きっかけっちゃきっかけだけど、決めたのは俺と早苗だから。それで斬波に怒るのは間違ってるだろ」
「でも……私がいなければ……! ごめんなさい……ごめんなさい……!」
前から後ろから。水が滴る音がする。こんなことを話したかったわけじゃないんだけどな。
「とりあえず一度帰ることにしたよ」
「ほんとっ!?」
「でも早苗と復縁するつもりはない。とりあえず、問題が解決するまではな。だからしばらくは別居は続ける。少なくともエターナルを何とかするまでは」
「わ、わかった……! 私もがんばるから……! 何でもするから……! できることあったら何でも言って!? なんなら殺してこようか!?」
俺の背中に張り付き、やけに物騒なことを口走る斬波。わかっているのだろうか。問題はエターナルだけじゃないってことに。
「今早苗と付き合ってるのは。お前だろ? 斬波」
「ち、違う……。私はジンと早苗が幸せなら、それ以外は……!」
「言いたいことはわかってるよ、初めから。でも俺はやっぱり斬波に幸せになってほしいと思う。それが斬波の夢の通り早苗と付き合うってことだと思ったから俺は家を出た。でも上手くいってないんだろ?」
「う、うん……。ちょっと……ね……」
耳元で聞こえる声が小さくなる。やっぱりまだ顔は見れないな。
「斬波の夢は早苗と付き合うことだったはずだ。それが叶って、思ってたのと違うからやめたい……ってのは悪いけど、ちょっと身勝手だと思うんだ。夢ってそういうもんじゃないだろ? ましてや一度口に出した夢だ。そう簡単に取り消せない」
「そう……だね……」
「俺は俺の問題にちゃんとケリをつけてから帰るよ。その前にお義父さんたちにはちゃんと話すけど……ちゃんと帰るのは全部終わってからだ。たとえ斬波と早苗が付き合うことになったとしても、俺は帰るよ。今の俺の家は、園咲家だから」
「うん……うん……」
でもエターナルを追い出しただけじゃ、俺はまだ帰れない。そこは俺が帰るべき家じゃない。
「今の俺はお前のご主人様じゃないから、これはお願いだ。早苗と仲直りしてくれ」
「そう……したいけど……私じゃ……早苗を……」
「別に早苗に許しを請えって言ってるんじゃないよ。むしろ斬波にひどいことをしてるのは早苗なんだろ? だから謝ってもらって、仲直りしといてよ。斬波と早苗の仲が悪い園咲家なんかに帰りたくないからさ」
「でも……悪いのは私で……」
「大丈夫だよ。約束しただろ? もうお前に悪いことはさせないって。じゃあ斬波はたぶん、悪くないんだよ」
「そんな……言葉遊びじゃないんだから……」
言いたいことは言い終わった。俺は立ち上がり、斬波の方を見ることなく帰っていく。
「がんばろうぜ。俺たちの幸せのために」
斬波が一番嫌いな、でも一番必要な努力を押しつけて。