第10章 第25話 つないだ手
「…………」
「…………」
気まずい。未来さんと交換して早苗の隣の椅子に座ったが、会話はない。お互い無言でごはんを食べることもなくただ焼ける肉を見つめている。それは周りも同じで、隣のテントの杏子たちですら言葉を一切交わさずこっちをチラチラと観察していた。
「……塵芥、肉食べないと焦げるけど」
虫の声と肉が焼ける音だけが響く静寂を破ったのはアクアだった。俺の正面で何かを促すような視線を向けている。
「ああ……そうだな」
「ちょい待ち。杖持っただけだとよそいづらいでしょ。誰かに取ってもらいな」
「じゃあ愛菜さん……」
「あ、あたしほら……あれだから……」
「はぁ……。私がやればいいんでしょう。お皿貸してください」
「あ、ありがとう……」
誰もが期待しているシチュエーションを汲んだ早苗が俺の皿をひったくるように取り、肉だけを取って戻してくれた。
「私のことなど気にせずに食べたいだけ食べてください、塵芥くん」
俺との距離をしっかり開けて。
「……いただきます」
そうだ。誰が何を言おうが、何を考えようが。俺たちの決意が揺らぐことはない。それだけの覚悟を持って俺たちは……。
「うまっ!」
「ほんとですか!? よかったですっ!」
笑顔の俺と、笑顔の早苗の視線が重なった。慌てて顔をそむけたが、やってしまった感は拭えない。お互い完全に素が出てしまった。
「塵芥くんっ! ちょっとこっちに来てください!」
この周りの期待の視線に耐えられなくなったのか、早苗が俺の手を引いて森の奥へと連れ込んだ。
「……誰もついてきてませんね」
木々に囲まれた場所で早苗が後ろを振り向き、ため息をつく。俺の手をつないだまま。
「早苗……俺は……」
「……みんな勝手です。私たちの気持ちも知らないで」
俺に背を向け、目を伏せてつぶやくように言う早苗。今早苗が考えていることくらいわかる。俺だって気持ちは同じだ。
「……家族ってそういうもんなんだってさ。アクアが言うには、だけど」
「……誰が言ってるんですか。ジンくんにひどいことをしたくせに」
本当に同じだ。でも確かめたい。どう思っているのかを。
「……早苗。俺が間違ってた……のかもしれない」
「……わかってますよ。私たちが間違えてることくらい。結局誰も……幸せになんてなってないのですから」
「でも……俺は……」
「……わかってますよ。帰れないんですよね。たくさんの人に迷惑をかけて、今さら何事もなかったかのように戻れるはずもない」
「それでも……筋は通したい」
「……わかってますよ。私もたくさん家族に内緒にして、ここにいます。私もちゃんと伝えたいと……思っています。パパたちに説明する時は一緒にしましょう」
「そうしたら……俺は……」
「……わかっています」
よかった。同じ気持ちだったようだ。だからきっと、早苗もこう思っているのだろう。
「俺はまだ……帰れない。何も問題は解決していないから」
「そうですね……。だからしばらく……別れたままにしましょう。ちゃんと……私たちが幸せになるまで」
お互い気持ちは同じだ。まだ帰れない。それでも俺と早苗の手は繋がったままだった。