第10章 第23話 ストーカー 2
〇斬波
「ジンが私の名前出したぁぁぁぁ……!」
通信機から流れてきた発言に思わず涙が出てきてしまう。いや駄目だ駄目だ落ち着け。私は私の仕事を果たすだけ。それ以外のことは考えなくていい。
今私はジンや早苗のテントから数百メートル離れたキャンプ場の片隅にいる。本当なら私もあの場にいたかった。早苗と旅行を楽しみたかったし、久しぶりにジンの顔を見て話したかった。でもそれは私の役目じゃない。私の仕事はジンと早苗を復縁させること。そのために必要なのはサポート。私が表立って行動したところでできることなんてない。
だから私は原付で別行動。水着もパラソルもテントも持たずに、通信機器だけをリュックに詰めて今日一日行動していた。
未来とアクアに通信機器を持たせ、私は遠くから指示を出す。海で早苗を一人にさせたのも、ジンを釣りに誘ったのも私の作戦の内だ。早苗くらいかわいい子が一人でビーチにいたら当然ナンパされるし、アクアになら何の気遣いもない本音が引き出せると思っていた。そしてそれは成功。間違いなくジンの中で早苗を気にする気持ちが強くなっている。
今日この一日のために十数万円使ったんだ。失敗は絶対に許されない。早苗だって内心久しぶりにジンに会えてうれしいはずだ。後は未来とアクアに働きかけて早苗と2人っきりにする。そうすればきっと……。
「あ、やっぱりいた」
「!?」
背中から声がした。そしてその人物は当然。
「杏子……」
「テントに盗聴器なんて仕込まれたらさすがに気づきますよ。未来さん辺りがやったのかな? まぁどっちでもいいんですけど」
ほんとこの子はかわいげがない……。私なんかの策は何事もなく看破される。どうせ私がジンと早苗を復縁させようとしてることなんてわかっているのだろう。
「止めても無駄だよ。私は何があっても止まらない。さすがに喧嘩じゃ負けないからね」
「別に止める気はないですよ。今日は兄さんのリフレッシュのための旅行だったけど、くっつくならそれに越したことないですから」
「兄さん……」
「……斬波さんそういうところがあるから来たんですよ」
ジンと仲良くなったであろう証に思わず嫉妬していると、杏子が少し気まずげにため息をついた。
「兄さんが家に戻らない理由の一つは、早苗姉さんと斬波さんが付き合えたということにあります。実情がどうかは知りませんが、兄さんはこれで斬波さんが幸せになれたと思っている。わかりますかね? つまり斬波さんへの意識が薄れている今がチャンスなんです。ここで斬波さんが我慢できずに兄さんに会いに行ったら終わりなんです」
……そんなこと。そんなこと……。
「わかってるよ。私がいらないことくらい」
もう間違いは起こさない。これ以上分不相応な夢は見ない。分をわきまえる。それが私にできる唯一のことだ。