第10章 第20話 ひとりごと
「早苗様、申し訳ありませんでした! 海の家混んでいてソフトクリームが……って、ジン様?」
水着姿の未来さんが両手にソフトクリームを持ち駆けてきた。ずいぶん遅い登場だ。もしくはタイミングが悪い。ずっと一緒にいてくれたなら、俺が早苗と再会することもなかったのに。
「早苗様! ジン様ですよ! ジン様です! よかったですね! ずっとうわごとで名前を呼んでいたから……。これで一緒にいられますよ!」
「……未来、帰りますよ。どうやら斬波に嵌められたようです」
どうやらこれは斬波が仕組んだことらしい。大方盗聴でもしていたんだろう。まぁそんなことはどうでもいい。早苗が俺に背を向ける。そしてその背中に、手が触れた。
「こんな冴えない男なんかより俺と付き合えよ。そっちの方が絶対楽しいぜ?」
さっき早苗にナンパしていた男の手が。そしてその手は手痛く払われた。
「あなたなんかがっ! ジンくんを馬鹿にするなっ!」
早苗の叫びと共に。力強く、払われた。
「なんだよいってぇな……別にいいよてめぇみたいなブスなんかよぉ!」
男があまりにも綺麗な捨て台詞を吐いて立ち去ろうとする。だが今度はその背中を、俺の手が掴んだ。
「取り消せよ。誰がブスだって? あ?」
「うっせぇな彼氏くんよぉ……。ちょっと彼女侮辱されたくらいでなぁ……!」
「生憎俺は早苗の彼氏じゃないよ。でも早苗を不幸にすることは絶対に許さない。謝罪しろ。殺すぞ。本当に」
「いって……! わかったよ! 悪かった! ごめんなさい! これでいいだろ!?」
今度こそ男が走って逃げていく。力いっぱい握りしめたせいで痛みが走った右手を何度か握り、麻痺した感触を取り戻していく。
「なぁ未来さん」
「は、はい!」
俺に名前を呼ばれた未来さんが背筋を正した。この反応からしてよほど殺意が滲んでいたようだ。一度下を向いて表情を元に戻してから言う。
「早苗を一人にさせるなよ。未来さんがいない時は斬波に守らせろ。彼女なんだから……早苗を傷つけさせるな」
「そう……ですね……」
「未来」
「は、はい?」
今度は早苗が未来さんの名前を呼ぶ。
「ジンくんにお伝えしてください。余計なお世話ですと。斬波を近くに置いていないのは私の意思だと」
「え? だ……そうです……」
「未来さん、早苗に伝えてくれ。それはおかしいだろ。斬波の幸せを想うならずっと一緒にいるべきだって。斬波はそういうタイプだろ?」
「早苗様……」
「未来、伝えてください。私と斬波は付き合っていますが、どうしても許せないんです。絶対に、許せない。だからずっと一緒にいるなんてありえないと」
「未来さん、伝えろ。早苗の意思なんて関係ない。斬波の幸せのために俺は別れたんだから絶対に斬波を不幸にするなって」
「未来」
「未来さん」
「どうして私を介するのですかぁっ!?」
呼ばれ続けパニックになった未来さんが耳を塞いで座ってしまった。こうなったらもう、話すことはない。
「これはひとりごとだけど。俺の願いは早苗や斬波が幸せになってくれることだけだ。だから早苗も……そのために努力してほしい」
「私もひとりごとですが。私だって、同じです。やっぱりジンくんには幸せになってほしい。だから絶対に幸せになってください」
そしてそれから5時間後。
「「斬波ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
海の次に向かったキャンプ場で、俺たちのテントと早苗たちのテントが隣同士になった。