第10章 第19話 一度目偶然二度奇跡
「久々の、海っ!」
珍しく小学6年生がテンションを上げて叫んだ。侑が借りたレンタカーで向かったのは、県内にある海水浴場。車で30分ほどで着き、そこからまた少し進めばキャンプ場がある山にも着けるという好立地。でもなぁ……。
「人、多いな……」
海自体には何度か行ったことがある。と言ってもバイトで何かわからない荷物を船に運んだだけだが、当然そこにあまり人はいなかった。だから砂浜、というのは初めてで、あまりの人の多さに元々暑いのにさらに熱気が強まった気がする。
「じゃあ私釣り行ってくるね」
「うっそだろ!?」
「うんもちろん冗談」
本当に珍しく杏子が冗談を言った。まぁ車に釣り道具自体は積んでいたのでまた別の場所か山でやるのかもしれないが、やはりテンションが上がっているのだろう。にしてもこの小6……ビキニにパレオ巻いてやがる……どれだけ大人っぽいのやら。
「ねぇジンくん日焼け止め塗って~」
こっちは普通に大人の侑がブルーシートに寝そべりながら言ってくる。でも……。
「日焼け止めってなに?」
「クリーム~。背中に塗ってほしいの~」
「俺より杏子の方がいいんじゃないの?」
「え~せっかくジンくんをドキドキさせようとしてあげたのに~」
「そんなんでドキドキしないよ」
「うわしつれ~」
実際全くドキドキしないので普通に日焼け止めを塗っていく。近くを過ぎる男共の視線を見るに、やはり侑は綺麗なのだろう。まぁどうでもいいが。
「ジンくんどうする~? 侑ちゃんも泳ぐ気ないし砂浜で遊ぶ~?」
「んー……ちょっと……。悪いけどパス。砂浜ちょっと歩きづらいんだ」
「あ、そうですね……。すいません、そこまで気が回っていませんでした」
「杏子のせいじゃないよ。俺の脚の調子は俺にしかわからないのに可能性に思い至らなかった俺の責任だ」
この砂浜という地面。どうにも沈んで足を取られる。杖を突いてもどうしようもないので実質お手上げだ。
「だから悪いけど2人で遊んできて。俺はここにいるから」
「え~なら侑ちゃんたちもここにいるよ~」
「別に気遣わなくていいよ。あんまり1人でいる機会なかったからこっちの方が落ち着く。海も見てると楽しいしさ。あ、でもナンパとか溺れちゃっても助けに行けないから近場で頼む」
「そっか……。じゃあ兄さん、私たちこの辺いるから。何かあったら大声出してね」
そう言って2人を追い出し、俺は大きく息を吐いた。実際嘘はいっていない。こんな勉強もできないような空間で何もせずボーっとしているなんて初めてのことだ。新鮮で、悪くない。ただ……ただ一つ。何もしていないと、どうしても思い出してしまうだけで。
「早苗……」
「ナンパなら結構です。私には心に決めた相手がいるので」
その声を聞いた瞬間、俺は立ち上がっていた。まともに歩けもしないのに。脚が、身体が。勝手に動いていた。
「いーじゃんそんな彼氏よりさ、俺らと遊んだ方が楽しいって」
「おい。人の女に手出してんじゃねぇよ」
一人の女性に無理矢理迫っていた男を引き剥がし、再開してしまった。一番会いたくなかった人に。
「――ジンくん?」
絶対にもう二度と会いたくなかったのに。再び。身体が勝手に動いてしまっていた。