第10章 第17話 ストーカー
〇斬波
「旅行……旅行ねぇ……」
ヘッドホンから流れる音声を聞いて私は一人部屋でつぶやいていた。今流れているのはジンが仮住まいにしているリビングの音声。そこのコンセントの裏に仕掛けた盗聴器から部屋の会話を聞いていた。
これを設置することに成功したのは昨日……いや今日の深夜3時。杏子と会った日から私は仕事を全サボりし、この辺周囲10kmほどをしらみつぶしに探っていた。そして昨日ようやく買い物に出かけていた侑の姿を発見し、尾行して家を突き止めた。そして調子が良い時は2時寝4時起きのジンが確実に寝ている深夜3時にピッキングして侵入。勘のいい杏子を警戒して盗聴器だけ仕込んで帰ってきた。
「早苗、今度旅行行かない?」
旅行の情報を得た私は盗聴しながら早苗に電話をかけた。
「……勉強で忙しいので今はいいです。それにあなたと2人なんてありえません」
「……いいの? 私は早苗の彼女なんでしょ? 付き合ってるなら……旅行くらい、普通に行くよね」
現状早苗は。私のことをめちゃくちゃ嫌っている。いや、怒っていると言うべきか。それなのに私と付き合うと言っているのは、完全にジンとの約束を果たすためだけに過ぎない。だからこう言われたら逆らえない。
「……そうですね。なら、行きましょうか」
チョロい。どこまで行っても早苗は早苗だ。馬鹿正直にもほどがある。まぁ私も、どこまで行っても悪人だという証明になったわけだが。今はどうでもいい。
「ただし……未来も連れて行きます。文句ありませんよね」
「うん……それでいいよ。ていうかもっと……人がほしい」
私が早苗を旅行に誘った理由。それは当然ジンと旅先で会うためだ。そして説得する。帰ってくるように頼み込む。そしてそのためには私や早苗、未来では力不足。というより合っていない。ジンの心を揺さぶれるのは、私ではない。
「そうですか。人選は斬波に任せます。それでいつどこに行くのですか?」
「や、それは……まだ決まってない……みたい……」
「はぁそうですか。それも全て任せます。これは斬波が行きたいと言って行く旅行なのですから。私は干渉しませんよ」
「そうだね……うんわかった。それじゃあ」
早苗の冷たい言葉に胸を痛めながら電話を切る。胸が痛い。本当に。
盗聴器を仕掛けてから丸一日。ジンが唐突に早苗の名前を口に出すことはあったが、私の名前を呼ばれたことは一度たりともなかった。
それにジン……ずいぶんと楽しそうだった。気楽そうだった。早苗といる時とはまた違う、本当の家族といるような、ある意味で遠慮のない空気感。
彼女といる時と空気感が違うのは当然だ。幸せは一種類ではないのだから。どちらが上とかではなく、どちらも楽しいのだろう。
でも私とジンは。友だちだったはずだ。同じ部屋で毎日を過ごす家族だったはずだ。それなのに、私といる時よりもずっと楽しそうに……。
「……大丈夫」
落ち着け。私までメンタル擦り切らせている場合じゃない。部屋を眺める。ジンと一緒に過ごした形跡が消えたこの部屋を。枕元に置かれた4つの指輪を。
私の目的はあの日常を取り戻すこと。私はどうなってもいい。ジンと早苗の幸せを取り戻すことだ。
「それ以外は、どうでもいい」