第10章 第16話 新たな日常
「杏子ー、お茶取ってー」
「はいどうぞジン兄さん」
「ジンく~ん、お菓子あるよー」
「ありがとー、侑ー」
別居……というか新居に移ってから早3日。なんというか……人間って適応する生物なんだって思い知らされた。
つまり、慣れた。早苗がいないということに。婚約者の姉妹ではなく、ただの同居人として杏子や侑と一緒に暮らしている今に。
「兄さん、夏休みの宿題やらなくていいの?」
「いやいいよ。そのまま学校に通うかもわからないし、宿題なんかやらなくても頭良いし。だいたい宿題って効率悪いんだよな。わかってる問題をわかってるって答えて何の意味があるんだって話だ」
「大学生はいいよ~? 宿題なんてないから~」
なんというか、早苗や斬波といる時よりも気が楽かもしれない。ちゃんとしなくてはいけない、という意識がないからだろうか。身体や感情の赴くままに行動している感がある。杏子や侑も自由人というか、他人より自分のやりたいことを優先するタイプ。斬波と違って嫌なことは嫌だと言ってくれて、ありがたい。
「早苗……」
「兄さん、また感情不安定になってるよ」
慣れた。慣れたとは言ったが、やはり消えないのは早苗のこと。どうしても。脳裏にこびりついて剥がれてくれない。この気楽な生活ではなく、自分の幸せや早苗の幸せを願い試行錯誤していた苦労の日々が。
「兄さん、侑さん。気晴らしに旅行でも行かない? 夏休みだし」
「旅行……? でも脚があるからな……」
「侑ちゃん車運転できるから脚は気にしなくても大丈夫だよ~?」
旅行……旅行か……。行った記憶があるのは早苗の実家だけか。あれもクソ親のせいで邪魔された感があるからあんまり気乗りが……。
「早苗……」
「兄さん絶対実家に行った時のこと思い出してるでしょ。そういうのも忘れるための旅行だよ。なんだかんだ楽しいと思うな」
「ね~。ていうかグレースがいない旅行って初めてかも! 行こ行こ~?」
ということで。俺は人生二度目の旅行に行くことになった。