第10章 第14話 一宿一飯の恩
〇ジン
「ただいま帰りました」
「おかえり~」
「おかえり」
部屋の荷ほどきに苦戦する俺を散々煽ってきた杏子さんが突然部屋を飛び出していってから数時間。夕食前のナイスタイミングで帰宅した。
「どこ行ってたの?」
「斬波さんに会ってきました」
「あぁ……そう……」
行儀よく手洗いうがいをして侑さんが作ってくれた豚の生姜焼きが置かれたテーブルの前の椅子に座る杏子さん。
「斬波……何か言ってた……?」
「謝りたいと言っていましたよ。今は会いたくないだろうからと断っておきましたがそれでいいですよね?」
「うん……ありがとう……」
謝罪か……。まぁ謝罪は必要だろうが、謝る相手が違う。俺に色々言ってきたが、俺が怒ったのは玲さんの恋心を軽んじたことだ。別に多少嫌味を言われたくらいで気にする俺ではない。むしろ俺が斬波に悪いことをさせてしまったという負い目の方が大きいくらい。話し合っても平行線になるだろう。だからこそ一生会わないと覚悟を決めたわけだが。
「杏子ちゃんも帰ってきたことだしいただきますしよ~?」
「そうですね。侑さん、食事を作っていただいてありがとうございます」
「ああ俺も……ありがとうございます」
「いえいえ~。じゃあいただきま~す」
「「いただきます」」
園咲家のテーブルの何十分の一の大きさの食卓を囲む。結局作ってもらったお弁当を食べる気になれず、食事は約24時間ぶり。どれどれ……。
「うっま……!」
肉に一口かぶりついたところで思わず声が出た。溢れ出る肉汁の旨み、調味料の細やかな味、噛むたびに感じる幸福感。こんなに美味しいものを食べたのは初めて園咲家に呼ばれた時以来だ。
侑さんが特別料理が上手い、というわけではないのだろう。慣れてしまっていたのだ。俺が望んで望んでようやく手に入れた幸せに。だから捨てても生きていけると思ってしまった。でも、違う。こんなものを食べたら虫なんて絶対に食べれない。家を出て野宿するなんて、絶対に……。
「どうですか? お義兄さん。ごはんおいしいですね」
「ああ……そうだな……めちゃくちゃ美味い……」
「えへへ~ありがと~」
俺の表情で全てを察した杏子さんが煽ってくるが否定できない。できるわけがない。
「本当に……幸せだ……」
俺が固めた覚悟は、たった一口の料理に粉々に打ち砕かれた。