第10章 第12話 暗中模索
〇斬波
「あ、ここにいましたか」
「……杏子」
ジンの捜索を開始してから約10時間。夏の空に黒が差し込んできた頃、私の元に杏子がやってきた。
「何で電話出てくれなかったの。ジンは見つかった?」
「ええ、見つかりましたよ。既に私が保護しています」
その言葉を聞けてひとまずほっと息を吐く。よかった。家に帰ってきてくれたんだ。
「じゃあ早く帰ろ。ジンとはちゃんと話し合わないとね」
「残念ながらお義兄さんの家とあなたの家はもう別です。帰ったところでお義兄さんと会うことは叶いませんよ」
「……どういうこと?」
「さっき言った通りですよ。私が保護しています。他の人に会わせるつもりはありません」
気がつけば私は。杏子の胸ぐらを掴んでいた。そして心が追いつく前に口が勝手に動いていく。
「なに言ってんの? 私はジンのメイドなの。私にはジンと一緒にいる義務がある! いいから黙ってジンのところに連れてって」
「そんなにお義兄さんに会いたいのに、どうしてこんなところにいるんですか?」
言葉の意味がわからず一度口ごもると、ようやく自分がしたことに気づく。謝罪して胸ぐらを離し、改めて訊ねる。
「こんなところってどういうこと?」
「ここはお義兄さんの実家がある地域でしょう? お義兄さんが来るはずないじゃないですか」
「……そうとも限らないでしょ。野宿するなら知った場所がいいだろうし……」
「本当にそう思っているならそれでいいんですけどね」
煽るような口ぶりに思わず手が出そうになったのを抑える。私とジンは似ている。ジンが杏子を苦手なら、私もそうだ。クソガキのくせにまるで全てをわかっているような態度。自分が劣っていると否が応でも突きつけられる。
「そもそもお義兄さんに会いたい理由はなんですか?」
「理由も何も、私はジンのメイドなの! それは何も変わってないんだから!」
「だから理由を訊ねているんですよ。会って何をするんですか?」
「それは……謝って……」
「何に対して?」
「……色々ひどいこと言っちゃったから……謝って……帰ってきてもらって……」
杏子に負けないよう言葉をとぎらせないようにしていると、彼女は少し残念そうにため息をついた。
「それは自己満足ですよ。お義兄さんは斬波さんの謝罪なんて求めていない。どんな言葉をかけられようと、家に帰るつもりはありません。むしろ斬波さんにきつい言葉を使わないととお義兄さんを苦しめてしまいます」
「自己満足でも何でもいい! ジンに会えさえすれば……!」
、杏子が再びため息をついた。今度はまるで、軽蔑するかのように。
「言いづらいのですが、斬波さん。これは早苗姉さんとお義兄さんの問題です。きっかけはあなただったのかもしれない。でも既にあなたがどうこうできる次元じゃないんです。だって斬波さんは、お義兄さんと付き合ってるわけじゃないでしょう?」
……そんなことはわかっている。私じゃジンに何もしてあげられないってことくらい、ずっと前からわかってる。それでも。
「お願いします……ジンに会わせてください……。私……私が……このままなんて……耐えられない……!」
道端で土下座する私。これはしようと思ってしたことだ。少しでも杏子の同情を引けるなら、土下座なんて安いもの。でも溢れ出てきた言葉と涙は私のもの。私自身の想いの結晶だ。お願い……届いて……!
「武藤家次期当主候補だったあなたなら嘘泣きくらいできますよね」
「嘘泣きなんかじゃ……!」
反論するために顔を上げて、気づく。既に杏子は私に背を向けていることに。
「早苗姉さんもお義兄さんも、既に別々の道を歩く覚悟を決めている。それなのにまだぐちぐち言うなんて、どれだけ迷惑をかければ気が済むんですか?」
その言葉に返すことも、追いかけることもできず。私は誰もいない暗い道で佇むしかなかった。