第10章 第11話 不向き
「1人で生きていくのって大変ですね」
「……そうだな」
引っ越しをしたらまずすることは荷ほどき。今朝家を出たと知ったばかりなのに既に新居に運ばれた私物を部屋へと入れていく。園咲家を出たという覚悟と俺の私物なんかたいしてないだろうと1人で行っていたが、開始から10分後。わざわざ杏子さんが煽りに来た。
「だから言ったじゃないですか。できないものは仕方ないので助けを求められるようになりましょうって」
「……うるせぇよ」
クーラーが効いているのにも関わらずじんわりとかいてきた汗を腕で拭い、あえて冷たく突き放す。だが正直、明らかに限界を迎えているのは事実だ。
根本的に杖を突かなければ歩けないというのがきつい。机のような大きな家具を持つことは不可能。教科書みたいな小さなものも、一度に運べる量には限りがある。
1人だとこんなにできることが少ないのかと改めて絶望する。今までどうしていたかというと、あまり思い出せない。それほど自然に早苗や斬波が手伝ってくれてたんだ。
出会った当初は毎回細かいところにも感謝を伝えてきた。昨日までも感謝は伝えていたと思うが、それは俺の認識。きっと当たり前のことに慣れて忘れていた部分も多いだろう。それが俺が求め、俺が当たり前に享受してきた環境というもの。失ってから初めて気づくなんて、頭が悪いにもほどがある。
「侑さーん、リビング終わったらお義兄さんの方も手伝ってくれますかー?」
「だからいらないって言って……いやもういいや……」
いくら強がっていても、できないものはできない。昔の俺なら死ぬほど努力して1人でなんとかしていたのだろうが、もうそんな気力もない。どうがんばっても現実は変わらないのだから。……斬波が言っていたのはこういうことか。責められないな……元々責める気なんてないけど。
「あ、ジンくん忘れてた~。これジンくんのスマホね~」
「GPSは切ってあるので安心してください」
「……GPSってなに?」
「簡単に言うと電波で場所を識別するものです。ジンくんを確保したことは伝えていますが、この場所を知っているのは私と侑さんだけ。これで文句ないでしょう?」
ふーん……よくわからないけどいいや。とりあえず電源入れよう。
「うわっ!?」
なんかめちゃくちゃ通知来てる……と思った瞬間にも電話がなる。斬波からだ。しばらく待つと電話が切れ、着信履歴が2つ増える。裏で愛菜さんが電話をかけていたようだ。
「なんでこんな……。斬波は早苗と付き合えて幸せのはずなのに……」
「え~? 付き合ってないと思うよ~? ねぇ杏子ちゃん」
「はい。むしろその逆では? 一度もまともに会話していませんでしたし、おそらく大喧嘩中だと思います」
「……は?」
それはおかしい。だって斬波を幸せにするために俺と早苗は別れたのに……。
「まぁお義兄さんが言いたいことはわかりますよ。でも理屈と感情は違いますから。でなければ早苗姉さんが次期当主になるなんて言い出しませんよ」
「早苗が……当主……!? 向いてないだろ……!」
「向いているいないで考えれば向いていませんが、姉さんの場合不幸の方が向いていません。きっと上手くいきますよ。お義兄さんがいなくても」
「…………」
何度目かわからない煽りに、とうとう俺は何も言えなくなった。今園咲家で何が起きているのか。想像することしかできないが、想像する資格も俺にはない。
それでも胸に覚えるこの焦燥感は、決して消えてはくれなかった。