第10章 第10話 現代日本
「やっほ~、ジンく~ん」
「……何でいるんですか」
「言ったじゃないですか。侑さんにマンションを借りてもらったって」
川からタクシーで5分ほど。園咲家からは十数キロほど離れている場所にあるいかにも普通なマンションの1階の一室に入ると、そこで出迎えてくれたのは園咲家長女のグレースさんのメイド、大学2年生の侑さん。とは言ってもメイド服は着てない……ということはプライベートなのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。
「せっかくマンション借りてくれたところ申し訳ないんですけど、迷惑です。仕組みはわからないんですけど早く解約してください」
「そりゃ無理な相談だな~。だって侑ちゃんも今日からここで暮らすんだも~ん」
「はぁっ!?」
この部屋に入った時から違和感は覚えていた。俺1人住まわせるにしてはやけに広い。たぶん3LDKってやつだ。ん……? 3部屋……?
「もしかして……杏子さんも……?」
「はい。しばらく厄介になります」
はぁ……。何から言えばいいのかわからない……。とりあえず疑問を一つ一つ解消しておこうと思ったが、訊ねるよりも早く杏子さんが説明を始めた。
「住むと言っても夏休みが終わるまでの間。半月ほどです。それとこの部屋は武藤家の遠縁の人が元々使っていた部屋なので生活できる環境は整っているので問題はありません。あと気にしているのは私たちがここに住む理由ですかね。私は責任者として。侑さんはグレース姉さんが一人でも生きていけるから、ですね。それと姉妹やメイドたちの中で、ある意味一番淡白なのが私たち2人です。情に流されることなくお義兄さんを見ることができます。表向きには脚が不自由なお義兄さんの補助、ってことにしましたが」
……ほんとかわいくないなこの子。小学生が責任者とか言ってるのに全く不安を感じない。
「2人が俺に構う理由はわかった。でも俺は何を言われようが園咲家に戻るつもりはない」
「ふふ。ほんと子どもですね、お義兄さんは」
「一々俺が反応すると思うなよ」
わかりやすく煽られたので冷静に対応できたと思ったが、そもそも乗ってしまったのが間違い。杏子さんに語る自由を与えてしまった。口では勝てないとわかっているのに。
「お義兄さんの意見はわかりました。確かにお義兄さんなら一人で川辺で生きていけるでしょう。ですが社会的に見たらどうでしょうか。17歳のホームレス。しかもその原因となったのは園咲家です。父さんからしたらなんて不都合な存在なのでしょう。あ、安心してください。知っているとは思いますがうちの父にそんな頭はありません。あくまで自分の子どもが家出したから連れ戻そうとしている、以上のことはありませんよ」
俺に常識はない。が、確かに俺の行動が龍さんに迷惑をかけているのは事実かもしれない。だとしたら俺は……。
「しかし一度家出した以上普通に家に帰るのは心情的に難しいでしょう。そこでこの別居です。夫婦にもよくあるらしいですよ? 仲が険悪になったら別居するのは。まぁ早苗姉さんとお義兄さんは険悪になったわけではないでしょうが」
「……つまり言いたいことはこれだろ。俺に自分の人生を決める権利はない。黙って従えって話だ」
覚悟を決めた別れがこんな結末になってしまい、思わず嫌な言い方をしてしまった俺。だが杏子さんは大人らしく。静かに笑いながら答えた。
「ええ。それが整えられた、現代日本の環境です」
どこまでいっても俺は未成年。自分にできることの限界を叩きつけられたような気がした。