第10章 第9話 勝てない相手
「杏子さん……何でここに……?」
「簡単な推理ですよ。暑さを凌ぐために図書館かデパートにいるとみんなは思ってたみたいですけど、お義兄さん変なところで馬鹿だから。飲み水、食糧の確保ができる川にいるんじゃないかと思ってきちゃいました」
この広い世界でたった一か所を突き止めたというのに全く自慢する素振りも見せない杏子さん。相変わらず大人っぽすぎてむかつくが、ピンク色のリュックから水筒を取り出すその姿は年齢相応に幼く見える。
「お水飲めますか? お弁当も持ってきましたけど」
「……助けなんていらない。それと俺はもう君たちの義理の兄貴じゃない……。だから構わないでくれ……」
「そうですか」
俺の強がりをめちゃくちゃに無視して、水筒の中の水を俺の口の中に入れて……!?
「げほっ!? コーラじゃん炭酸きつ……!」
「疲れた時にはコーラが一番だと思いませんか? オーガニックよりも人工甘味料が一番ですよ。人間の身体に合うように作られているんですから」
炭酸はきつかったが、圧倒的な旨みを喉に注がれたおかげで回復できた。後は川の水で喉を潤して……。
「どうしたんですか? 川なんて見て」
「いや……別に」
言えない。コーラうますぎて川の水なんて飲みたくないなんてことは。もっとコーラ飲みたいなんてもっと言えないけど。
「それで……どうしたんだよ。何を言われても俺は戻らないぞ」
「私は何も言っていませんよ。それなのに連れ戻しに来ただなんて……愛されてるという自覚はあるんですね」
こいつマジで……! 絶対に俺の方が勉強できるのに……!
「まぁ園咲家のほとんどはそのつもりですよ。さっきも斬波さんや瑠奈さんにつけられてて撒くのが大変でした。タクシーというものはあまり融通が利きませんね」
「じゃあ杏子さんは何のために俺に会いに来たんだ……?」
「事実を伝えに。とりあえず侑さんに頼んでマンションの一室を借りたのでそこで話しませんか? ここはずいぶん暑いです」
「マンションって……。それだけのために借りるなんて金の使い方やばいぞ」
「いえいえそうではなく。お金の出所はお義兄さんです」
「……どういうこと?」
俺が訊ねるよりも早く、リュックから一枚の紙を取り出す杏子さん。
「お義兄さんが出ていったことにより、斬波さんは園咲家に仕えることになりました。つまり斬波さんを雇うのに使っていたお金が丸々お義兄さんのものになります。お義兄さんのお兄さんとその友だち23人。それとお姉さんとご両親が働いた分の3割がお義兄さんの元へと入ってくるわけですね。つまり毎月200万円ほどの不労所得がお義兄さんにはあるんです」
「……は?」
元家族たちが園咲家に斡旋してもらった仕事の数割が俺の手元に入っていることは知っていた。それで斬波を雇っていたことも。でも200万……!? 詳しい額を知るのがなんか怖くて今まで見なかったが、そんな大金が入っていたなんて……。確か斬波の月給が40万~50万くらいだったから……え? 俺めちゃくちゃ金持ちじゃん……。
「わかった。その金は園咲家が俺に使ってきた分の返済に回してくれ」
「したいならご自由に。ただ私が仲介することはできませんよ。なんせ小学生ですから。返済するならご自分でどうぞ」
こいつほんと嫌い……! 口喧嘩じゃ絶対に敵わない……!
「ただ一つ謝罪させてください。お義兄さんのお金の一部は既にマンションを借りる時に使ってしまいました。自分のお金で買ったのに、それを使わないというのは。こんな無駄遣い、ありませんよね?」
本当に、敵わない。杏子さんには絶対に。