第10章 第4話 自傷
「というわけで今すぐ玲さんにこのことを伝えて別れてもらおう」
夕食を食べた後俺はすぐに早苗の部屋に行き、録音したエターナルの戯言を聞かせた。今ここにいるのは2人だけ。未来さんは仕事があるし、斬波は……何で呼ばなかったんだろうな。今までなら迷うことなく斬波を呼んでいた。武藤家の動向を知れるし、的確なアドバイスをくれるし、何より、仲良しだから。
でも1ヶ月前のことがあってから。なんとなく、距離が開いた。仲が悪くなったわけではない。少し距離が遠くなっただけ。少し脚を伸ばせば届く距離。だが俺の脚は距離を詰めようとはしてくれなかった。
「とりあえず未来さんに動いてもらうか。武藤家の力が必要なら瑠奈さんに頼んで……」
「……この話。私たちだけに留めておくことはできないでしょうか」
何かを誤魔化すようにこれからのことを語ると、神妙な顔つきで音声を聞いていた早苗が意味のわからない言葉を発した。
「それは……玲さんが騙されててもいいってことか?」
「そうは言っていません。ですが……玲はあの方が好きなのでしょう? ならそれを咎めることは……できません」
……はぁ。早苗はよくわかっていないようだ。
「エターナルは人を騙すことを何とも思ってない。あるのは自分の快楽だけだ。金持ちの家に拾われて、かわいい彼女をもらって人生幸せ。そんな奴に玲さんは騙されてるんだ」
「……ジンくんと、同じですね」
「……玲さんに言われたこと気にしてんのかどうか知らないけどさ、もっと大局的に見よう。エターナルと付き合っても、玲さんは幸せになれない」
「それは……わからないじゃないですか」
どうやって早苗を説き伏せようか。そんなことに思考を回せる余裕はなかった。この苛つきを止めることで精一杯だった。何度か息を吐いていると、早苗が目を伏せながら言う。
「確かに玲は騙されています。エターナルさんは悪い人なのでしょう。ですがそれはアクアさんも同じです。そのアクアさんは今どうなっていますか? 真面目に正直に生きているでしょう? ジンくんの言葉を借りさせてもらいますが、人は環境次第で変われると思うんです。だから私たちで努力してエターナルさんを更生させましょう。それが玲にとって、一番いい選択のはずです」
早苗の言っていることは正しいのだろう。というより俺が言いがちな台詞だ。努力と環境。俺を支える屋台骨。でももうそんな言葉に踊らされるのは御免だ。もう誰とも険悪になりたくない。
「……悪いけど俺はエターナルのために努力なんかしたくない。あいつと一緒にいたら俺は幸せになれない。それでもエターナルを救おうとするのなら……俺は早苗と一緒にいられない。別れようと思う」
早苗と別れる。あまりにも簡単にその言葉が口から出たことに自分でも驚いた。決して本気で言ったわけではなかった。交渉の材料として使ったが……今までの俺なら、仮定ではそんなこと口にしなかった。
だから変わってしまったのだろう。斬波は何も変わらないと言っていたけれど。やはり傷は残るのだ。決して癒えない傷が残っている。俺にも、早苗にも。
「……ジンくんを好きになりすぎてしまったのでしょうか。ジンくんを幸せにするために生きていたはずなのに……自分の幸せとジンくんの幸せを重ねるようになってしまいました。私さえ我慢すればみんな幸せなんです。斬波は私と付き合えて幸せですし、エターナルさんの更生をすれば玲が幸せになる。私さえ……私たちさえ我慢すれば、幸せになれるんです」
早苗は自分の気持ちに正直に生きる人間だ。だからただ一度助けただけの俺と婚約し、家族にしてくれた。でもその感情を通した結果、不幸になる人がいることを知ってしまった。学んでしまった。
俺だって学んだ。自分自身の身体で。人は自分を傷つけることで精神の安定を図ろうとすると。だからきっとこうなることは、わかっていた。
「ジンくん。私たち、別れましょう。みんなの幸せのために」
感情を優先すれば誰かを傷つける。大なり小なりそうなることは昔からわかっていたけれど。今の俺たちには、その小を受け入れる努力をすることは難しかった。