第9章 最終話 変わらない日常
「斬波さん……あなたが全部悪いんだよ……。あなたが今ならジンさんと付き合えるって言ったから……。あなたがおねぇちゃんと付き合うためにれいは……こんなこと……やったのに……」
玲さんが語る。電話に向けて。俺たちに向けて。控えめな口調で、強烈な敵意をばら撒いていく。
「……あーそう。やっぱり失敗したんだね」
そしてスピーカーモードになった玲さんのスマートフォンから、呆れたような機械的な斬波の声が聞こえてきた。
「やっぱりってなに……!? 失敗することわかってたの……!?」
「だから可能性は低いって言ったじゃん。それに朝食のジンの様子。早苗とぎくしゃくしてたらあんな美味しそうにごはん食べれないって。見てたらわかるでしょ? まぁ相手のことを考えられる性格ならあんなことしないか」
「なにその言い方……! れいはあなたのせいで、2回も……!」
「私のせいにしないでよ。私は単に可能性があるってアドバイスしただけ。それに私ジンと早苗の関係を守るって言ったよね? 元々敵なんだからさ、あんまり信用しないでよ」
「うるさい……全部、あなたの……!」
「はは。良い感じに性格悪いとこ見えてきたね。やっぱ自分を出してかないと」
玲さんと斬波の罵るような会話が部屋に満ちる。その会話の意味は俺にはわからない。おそらく早苗にも。辛うじてわかるのは、この状況を仕組んだのは斬波だということくらい。
「……斬波。もう悪いことするなって言ったよな」
「言うほど悪くないでしょ。昨夜早苗からほんとはジンのこと好きじゃないかもーとか知らされて。それでもしかしたらジンと早苗が別れるかもしれないから付き合えるかもよーって教えてあげただけ。玲を傷つけようとは思ってないんだからさ」
遠いスマートフォンから、さらに距離を感じさせる斬波の声が響いてくる。怒っても意味のなさそうな、他人事のような声。それでも怒りを覚えずにはいられなかった。
「お前の言ってることは理屈の話だろ!? そんな話はしてないんだよっ! 結果的に玲さんが傷つくことはわかりきってたはずだ! 良い方向には向かわないって! なんとなく、わかるだろ!? こんな、姉妹の仲が悪くなりそうなことしやがって! 俺に怒ってるなら俺に当たればいいだろっ!?」
車椅子を進ませて、玲さんのスマートフォンを握りしめて叫ぶ。自分でも上手く言えなくてもどかしい。悪いことはしていないのかもしれない。でも悪いことをしたって自覚はあるはずだ。俺と斬波は似ているから。俺だったらあんなこと、言いたくないから。
「怒ってる……まぁ多少はね。でも大きいのは失望かな。ジンは私に悪いことはさせないって言ってくれたのに、結局私は変われなかった。だからさ、これはジンのせいなんだよ」
「……今言いたくないこと言ってるのもか?」
「……そうだね。なに言ってるんだろうね、私。こんなこと言ってもしょうがないのに。意味なんてないのにね……なんだろ。ゴールが見えないっていうかさ。ちょっと、疲れちゃったんだよね」
「疲れてるなら黙って寝てろよ。今日は休みなんだからさ」
「ほんそれ。でもさ、別に何も変わらないからいいでしょ? どうせジンと早苗はこれからも付き合うし、どうせ私はジンの専属メイドだし、どうせ私と早苗は仲良しだし、どうせ振ったり寝取ろうとしても玲と離れることもない。優しい善人のあなたたちは、まるで私や玲の行動なんて悪い夢みたいに見て見ぬふりしてこれからも日常は続いていく。そうなることはわかりきってるんだから。何をどう努力したって変わらないよ。どうせね」
「……斬波。お前今どこいるんだ。ちゃんと話をしよう」
「ああいいよいくらでも話そう。でも結局、何も変わらないよ。どうせ、何も」
その通りだった。その後俺は斬波と話をした。しっかりと考えを語り合って、向かい合って、和解した。本当に、蓋をするように。
そしてそれから約1ヶ月後。
俺は早苗との婚約を解消し、園咲家を出た。