第9章 第14話 敗戦処理
「ごちそうさま……! ごはんが美味しいと人生が幸せになる……!」
「ジン、私が後片付けしとくからさっさと部屋に帰りな」
朝食を食べ終わり幸福の余韻に浸っていると、斬波が食器を集め出す。確かに車椅子の俺ではあまり役に立ちそうにない。後は斬波に任せた方がいいだろう。
「ジンさん……少しいいかな……おねぇちゃんも」
斬波に言われた通りに戻ろうとすると、あの玲さんが自分から声をかけてきた。
「いいけど……大丈夫?」
別に時間を取られることに問題はないが、俺は昨日彼女を振っている。どうすればいいのかわからないが、あまり関わらない方がいいのは間違いない。でも早苗にも声をかけたってことは……けじめをつけるつもりなのかもしれない。
「うん……大丈夫」
その覚悟は表情にも表れている。強い意志を持った瞳で俺を見つめている。
「ごめんね……急に」
「いいえ、大丈夫ですよ」
玲さんの部屋に到着すると、早苗がにっこりと笑う。早苗には玲さんが俺のことを好きだとは伝えていない。姉妹の関係が崩れることは目に見えていたからだ。でも玲さんが伝えることを覚悟したのなら、俺からは何も言えない。
「れい……ジンさんのこと好きになっちゃったの」
そしてやはり玲さんは告白した。俺と早苗の両方に。
「……そうですか」
それを聞いた早苗は一度驚愕に目を見開き、一瞬怒りを滲ませる。だが長く目をつぶり一度深呼吸をし、困ったように笑った。
「ごめんなさい。私はジンくんのことが好きなのでその恋は応援できません。もちろんジンくん次第ではありますが……」
「……俺も一緒だよ。早苗のことが好きだから玲さんとは付き合えない。ごめんね」
「そう……だよね……」
ベッドに腰をかけている玲さんの視線が下がり、そして長い長い沈黙が訪れる。
「でもこう言ってはなんですが……もちろん何が起きてもジンくんと一生付き合い続けるとは言い切れないので……絶対チャンスがないってわけではありませんよ……?」
その沈黙に耐えられなかった早苗が目を泳がせながら必死にフォローする。なるほどこうやって横から見ているとよくわかる。俺がどれだけ残酷なことをしていたのかを。
「早苗の言っていることはもっともだけど……正直可能性は薄いと思う。どれだけ努力しても、たぶん」
「ちょっとジンくん!」
早苗が俺の発言を咎めてきたが、つまりはこういうことなのだろう。斬波や瑠奈さんが言っていたのは。
努力は辛い。そしてこれに限っては、勉強と違ってゴールが訪れるかもわからない。それなのに努力し続けろというのはどれだけ酷なことなのか。ようやくわかったような気がした。
「玲さん。悪いけど俺は早苗のことが好きだ。大好きだ。よほどのことがない限り、俺から別れを告げることはないと思う。だから……諦めてくれ」
余計なチャンスを見せるよりも、こうやってきっぱりと断った方が玲さんのためになる。そう。引っ込みがちで臆病な玲さんが自分から告白できたんだ。この経験を糧にして……。
「……あれ?」
どこかで聞いたことがある。その言葉を、間違いなく、どこかで。そういった展開が大嫌いだと、玲さんを誰よりも知っている、誰かが。言っていたんだ。これは、駄目だと。
「……嘘つき」
玲さんの顔が上がる。そして露わになった。成長とは程遠い。暗く、濁ったその瞳が。
「あなただけ幸せになんてさせないから……斬波さん」
そしてスマートフォンを取り出したかと思えば素早く操作をし、電話をかける。遠くに見える画面には確かに斬波の名前があって。
「おねぇちゃんからジンさんを奪えるって言ったのは……斬波さんなんだから」
この時間を作り出した犯人の名前が告げられた。