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第9章 第12話 汗

〇斬波




 元々私は私が嫌いだ。自分の悪さが。そしてそれを受け止められてしまう自分が。



 それでも最近は。そんな悪くて悪い最悪な私を助けてくれる人ができて、少しは変わったと思ったのに。結局自分で全部壊してしまった。



 ジンにとって努力は屋台骨。不安定な精神を辛うじて支える最後の砦。それをわかっていながら、否定してしまった。



 それでも口にせざるを得なかった。悪い自分の本性に苦しむ玲に自分を重ねてしまった。いくら努力しても報われることのないという現実に耐えられなかった。



 きっと今ジンは苦しんでいる。なんだあいつふざけんなと愚痴れるような性格じゃない。私の八つ当たりを馬鹿正直に受け止め頭を痛めていることだろう。



 私とジンの性格はよく似ている。根本的に日向を歩けるような人間じゃない。でもジンの夢は誰もが幸せになれる環境を作るなんていう、なんというか。性格と合っていないお花畑を夢見てしまった。精神が幼すぎると言うべきか。今までの家庭環境とできることの差がとんでもないギャップを生み出してしまった。



 だからジンは受け止められない。早苗と付き合うということは、私や玲を傷つけることに直結するから。私相手なら何とかなった。でも控えめで、一歩踏み出す勇気を持てなかった玲を自分が傷つけるなんて。夢見がちなジンでは耐えられない。



「……ん?」



 自分のベッドで横になりながら考えていると、スマホが震えた。表示されている名前は早苗。今は夜の12時。普段寝ているはずの早苗から、このタイミングで電話がかかってきた。それが意味することは一つだ。



「はぁ……」



 憂鬱な気持ちを押し殺し、部屋を出る。まかり間違っても玲に聞かせるわけにはいかない。早苗の怒りを。



「……もしもし」

「斬波ですか。夜遅くに申し訳ありません」


「や……私は……大丈夫」

「そうですか。では単刀直入に言います。ジンくんに何を言ったんですか」



 スマホを離し、もう一度ため息をつく。少し離れた電話口から早苗の声が続く。



「ジンくんが一緒に寝ようと言ってきました。そして何か……要領はつかめませんでしたが、とても苦しんでいるようでした。斬波が関係してるんですよね。今ジンくんは泣き疲れて眠ってしまいました。3時間ほどしか寝れないジンくんが、疲れて眠ってしまったんです。斬波、私は怒っています。ちゃんと答えてくれますよね」



 考えうる限り最悪の展開。玲がジンを好きだということを隠しながらどれだけ早苗を誤魔化せるか。軽くシミュレーションし、スマホを近づける。



「ジンの努力主義の発言に耐えられなかった。だからそれを押し付けるなって話をちょっとね。ほら、私今あの日だし。ちょっとイライラして当たっちゃったんだよ。明日謝っとく」

「そう……ですか……。謝ってくれるなら……いいんです……」



 ちょろい。ちょろすぎる。そんなに素直だと、自分への嫌悪感がより際立ってしまう。



「まぁ明日休みだしさ、ちょっとジンと一緒にいてあげてよ。そっちの方がジンのためになるだろうからさ」

「そう……したいのですが……。ジンくんは私を本当は好きじゃないんじゃないかと、悩んでしまっています」



 ジンが……早苗を……? 私の発言からそこまで考えが飛躍するか……? いやそもそもあの程度のことで、ジンが早苗に泣きつくとは考えづらい。間にワンステップ挟まったか……おそらく瑠奈。瑠奈が余計なことを言いやがった。言いやがったは失礼か。瑠奈だって自分の大切な人が苦しんでいる最中。その元凶と話していたら、それなりに嫌味の一つや二つ言ってしまってもおかしくない。



「それで私も思ってしまったんです。……私がジンくんを好きな気持ちは、真実の愛ではないのかもしれないって」



 真実の愛。その馬鹿げた台詞に一瞬脳が思考をやめたが、その意味を悟り、汗が吹き出た。



「私がジンくんを好きになったのは助けてもらったからです。その恩を恋だと勘違いしていても……おかしくありません」



 それはジンと早苗の破局への冷や汗であると同時に、私が早苗と付き合えるかもしれないという興奮への汗だった。

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