第9章 第10話 幸福への繋がり
「せんぱい、ほんとは早苗ちゃんのこと好きじゃないでしょ?」
「は?」
唐突に告げられたその言葉に、思わず怒りがこみ上げる。だがそれが噴火するより早く瑠奈さんが続ける。
「だって普通。そう、普通の話です。好きな人相手には性的に興奮しますよ。玲ちゃんも、早苗ちゃんも、おねぇちゃんも。そういうことがしたくてたまらなくなるんです。しかも統計的にこの年代だと男性の方が性に積極的なのに。せんぱいは早苗ちゃんとそういうことしたい、とは思ってませんよね?」
「それは……。ていうかお前が俺の何を知って……」
「知ってますよぉ。めんどうだけどこれでも武藤家次期当主になっちゃいましたから。当然危険人物についての調査はします」
「……瑠奈さんも、俺のことを信用できないのか」
「ルナ個人と次期当主では立場が違いますから。気分を害したようなら謝ります」
「いや……いい」
よく考えてみたら、警戒している人がいた方が助かることもある。俺は何も悪いことはやっていないと証明できるからだ。
「俺たちはお義父さんたちから高校を卒業するまでそういったことは控えるように言われてる。俺はそれに従ってるだけ。何ならキスだってほんとはまずいんだよ」
「ほらそういうとこ。客観的に見て早苗ちゃんってかわいいじゃないですか。それにおねぇちゃんと同じ部屋で寝てるんですよね? それなのにせんぱいがそういうことをした形跡はない。今日だって1週間ぶりに自室に帰ってきたんですよね? まぁ性事情にとやかく言うつもりはありませんけどね、せんぱい。ルナが言いたいのは、やっぱりせんぱいは異常だってことです」
異常。意味的には特別とそう変わらないが、言葉の奥に込められている意味は違う。おかしいんだ。常識的じゃないんだ。
「ルナが思うに、せんぱいが早苗ちゃんと付き合っているのは恩や情。子孫を残すという生物本来の目的から外れた、人としての理性。……それなら別に。玲ちゃんと付き合ってあげてもいいじゃないですか」
「それは違うよ。俺が早苗と付き合ってるのは早苗が俺を幸せにしてくれるって……」
「だからそういうとこですってせんぱい。異常なのは別に悪いことだとは思いません。でもせんぱいのその態度のせいで、思っちゃうんですよ周りは。自分にはチャンスがあるんじゃないかって。玲ちゃんも、おねぇちゃんも。もしかしたら、何かあれば、自分も付き合えるんじゃないかって」
「…………」
「いいですか、せんぱい。誰にでも優しいのは必ずしも良いことではありません。努力すれば可能性はあるとか。そんな話は誰も求めてないんですよ。時に厳しく当たることだって、回り回って幸せに繋がるんです。だから自分の努力至上主義なんかじゃなくて、誰かのことをちゃんともっと考えて。振ってあげてください」
「…………」
何も言えなかった。その通りだと思ったから、ではない。既にそんなことは頭にない。
頭にあるのは斬波や玲さんを幸せにする方法。それだけだった。