第9章 第9話 救急
「瑠奈さん、高1の教科書貸してほしいんだけど」
自室で玲さんが眠ってしまい、さらには斬波と喧嘩的空気になった俺は、昔斬波が使っていた部屋に避難することになった。だがやはりすることは自室と同じで勉強だけ。そこで玲さんに勉強を教える準備のために瑠奈さんの部屋に来たのだが……。
「ああせんぱい。こんばんは」
瑠奈さんの様子がおかしい。普段は無駄にぶりっ子しているのだが、ノックして開けるまで時間があったのにも関わらず、ラフな部屋着に冷たい瞳にそっけない態度。まぁ大方玲さん関連だよな……。
「そんな警戒しなくていいですよー。ルナ別に怒ったりしてないんでー」
「あぁそう……」
口調こそいつも通りだが、冷たい様子はそのままにベッドに腰を下ろした。
「それで教科書貸してほしいんだけど……」
「えーいいじゃないですかー。ちょっとおしゃべりしましょうよー」
「……悪いけどそんな時間はない」
「へーそうなんですかーそうなんですねー」
何か言いたげな返事をし、瑠奈さんがベッドから立ち上がって机へと向かった。だが明らかに教科書を探しているようには見えない。ただ手を動かしているだけで、俺の言葉を待っているようだ。
「……本当に悪いけど、今はあんまり話したくないんだ。どうにも色々上手くいかなくてさ。……瑠奈さんまで傷つけたくない」
「別に大丈夫ですよー。誰かに何かを言われた程度で傷つくルナじゃないんでー。そんなことよりー、もしかしておねぇちゃんとも喧嘩しちゃいましたー?」
……バレてる。俺が起きるまでに何かあったな。本当にこういう環境が苦手だ。わからないことだらけだと、不安で不安でたまらなくなる。
「まぁおねぇちゃんも悪気はないんで許してあげてくださいよー。ほら、なんか今日ナイーブだなーって日ありますよねー? そんな時に自分と似たような子がどうしようもない理由で怒られてると嫌な気持ちになるじゃないですかー」
「……玲さんと斬波は似てないだろ」
「へー意外。せんぱいってもっと人のこと見れる人だと思ってた」
「……言いたいことあるならちゃんと言えよ。含みがある言い方されたってわからないんだよ」
「これまた意外。せーんぱーいルナにも気遣ってくださいよー。怖い言い方されると委縮しちゃーう」
「さっき自分で傷つかないって言ってただろ」
駄目だ……自分でもむしゃくしゃしているのがわかる。冷静に話したいが、心が落ち着かない。早苗に会いたくて仕方なくなる。でもこんな姿を早苗に見せたくないから。言語化してみることにした。
「玲さんを振った。手厳しい振り方をしたつもりはないけど、受け取り手次第だからな。たぶん玲さんは傷ついただろうし、斬波の気に障ることも言っちゃったんだと思う。その理由がわからなくてちょっとイライラしてた。ごめん」
「それプラス自分で他人を不幸にしたからですかねー。せんぱいの夢とは正反対。幻滅しちゃうなー」
「……でもしょうがないだろ。二股するわけにはいかないし、全員を幸せにできるとも思ってない。俺にできることは環境を整えるだけ。そこからどうするかはその人次第だ。俺は玲さんにやり直すチャンスを与えた。それで前を向けないのは……玲さん自身の問題だろ」
「前を向くねぇ……。そんなの玲ちゃんに向いてないのに。あーあ、ほんとめんどくさい」
俺に背を向け机を無意味に漁っていた瑠奈さんが振り返る。
「やっぱりちゃんと話しませんか? このままじゃあ玲ちゃんがかわいそうすぎる」
とてもとても悲しい顔をして。