第9章 第8話 努力できない人間
「さて、どうすっかな……」
泣き疲れたのか俺のベッドで眠ってしまった玲さんを眺め、斬波に協力を仰ぐ。隣に斬波のベッドがあるし、そもそも無駄にベッドがでかいから寝るのに一切の問題はない。なんならさっき寝たおかげで睡眠の必要性すらない。だがこれは俺の認識。他人から見てどうするべきかの判断がほしかった。
「私が前使ってた部屋あるから今日はそこで寝て。ベッドはないけどソファーはあるから。ベッドがいいって言うならゲストルームあるけど」
「いや全然いいよ。それより机はある?」
「……こんな時まで勉強?」
「どんな時でも勉強だよ。玲さんの勉強の世話もしないといけないし」
車椅子に乗り、勉強道具をまとめる。とりあえず高1用の教科書がほしいな……。後で瑠奈さんに借りに行くか……。
「……ねぇ。さっきのさ、ジンが間違ってるよ」
勉強道具を用意していると、後ろから斬波の責めるような言葉が聞こえた。
「……わかってるよ。もっといいこと言えたらよかったんだけど……」
「そこじゃない。既成事実を作ってもジンとは付き合えないってやつ。……私が協力すれば、たぶん成功してた」
「ああ、俺が浮気したら早苗が斬波に泣きつくだろうからな。それでお前と早苗が付き合ったら、俺と玲さんが付き合う可能性はあるか。でも斬波はそんなことしないだろ」
「……今日はね。でも明日なら、違ってたかもしれない」
「しないって。一番傷つくのは早苗なんだから」
「……ジンはすごいね。本当にすごい。尊敬するよ」
突然褒められ、ちゃんと顔を見て会話しようという意思が消える。これが嫌味なことくらい俺にだってわかる。
「あのね。人間って理屈だけで動けるわけじゃないんだよ。間違ってるってわかってても、その時その一瞬の気分次第で、感情を優先する」
「それは俺もそうだよ。元家族が相手の時は感情だけだから」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、ジン。努力とか、復讐とか。そんな前に進むことしかできないジンには絶対にわからない。立ち止まって、後ろを向いて。それが心地いいと思える人間のことなんて」
「……別に俺だっていつも努力し続けてるわけじゃないって。努力は辛いししんどい。やらなくていいならやらないよ」
「……そう思うのなら、軽々しく努力しろなんて言わないで。叶わない夢に努力し続けるのだって、大変なんだよ」
「……そうだな」
斬波の発言の真意はわからない。何が言いたいのか。どうして玲さんのことで斬波がここまで感情的になっているのか。
わからないが結局斬波の顔を見ることができず、やはり俺にだって努力できない人間の気持ちだってわかると強がるのだった。