第9章 第2話 侵略
「で、玲さんどうしたの?」
夕食が終わり、風呂に入って寝る準備を整えてから斬波に訊ねる。普段の控えめな玲さんからは考えられない積極的な言動。勉強で頼られすっかり気を良くしてしまったが、冷静に考えてみると異常事態だ。
「うーん……なんて説明すればいいんだろう……」
そして斬波もいつもと違う。言いにくいことでもきっぱり言いがちな斬波らしくない煮え切らない反応だ。
「もしかして俺なんかやらかした……?」
「まぁそうっちゃそうだけどジンは悪くないっていうか、ある意味悪いっていうか……。ていうか察してよ……」
「考え続けてるんだけど答えでないんだよな……。もしかしてアクア関連?」
「全然違う……」
斬波が心底呆れたようにため息をつく。やはり人間関係は難しい。散々虐められてきた弊害とも言える。
「まぁとにかくさ、褒めて上げようとしてくる女には気をつけなって話」
「なんで早苗の話になるんだよ」
「あーもうめんどくさい……! ほんとあの家族は恋愛事になると馬鹿になる……!」
髪をくしゃくしゃして明らかに苛立つ斬波。俺が悪いのだろうか。俺が悪いんだろうな。さらに考えを深めようとしたその時、部屋の扉がノックされた。
「はい……げ」
「こんばんは、ジンさん」
斬波が駆け足で扉を開けると、そこにいたのはちょうど話題になっていた玲さんだった。早苗が普段着ているのとよく似ている白いネグリジェを纏い、寝る準備が万端という感じだ。
「……どうしたの? こっちもう寝ようとしてたんだけど」
「……まだ22時だよ? ジンさんが寝るには少し早いよね?」
「慣れない入院生活で疲れただろうからね。今日は早めに休ませようとしてたんだ。ジンのことを考えて明日にしてくれる?」
「……何か勘違いしてるよ? れいね、ジンさんじゃなくて斬波さんに会いに来たんだ。あのね、瑠奈ちゃんが武藤家の仕事でわからないことがあるから教えてほしいんだって」
「……その話。瑠奈はオーケーしてるの?」
「……さぁ。どうだろうね」
なんか玄関先でずいぶん長話してるな。と思ってると、斬波が焦った顔をして早足で戻ってきた。
「……ちょっとだけ席外すから。ちゃんと待っててね」
「ん? ああ……わかった」
それだけ言うと斬波は変わらず早足で部屋から出ていった。残ったのは俺と玲さんの2人。そして玲さんは顔を赤くして、もじもじしながら俺の前に立つ。
「ちょうどいいや。じゃあちょっと勉強見ようか」
「ううん……それはジンさん疲れてるだろうから明日で……。その代わりに……入院してて……その……色々……溜まってるだろうから……。れいを……使ってもいいよ……?」
……? 何言ってるんだろう。何かの隠語か? わからないことだらけだが、気づけば部屋の扉は鍵が閉められ、固く閉ざされていた。