第1章 第10話 夢
「お料理をします!」
グレースさんたちが帰ってしばらくして10時。突然早苗さんが元気にそう言った。
「……なんで?」
「ゴタゴタのせいであまり朝ごはんを食べれなかったではないですか。なので朝食兼昼食ということでいかがですか?」
そっか。普通人って三食食べるもんだった。俺の場合は基本的に植物や虫、動物が見つかるかどうかで食事が決まる。だから空腹には慣れているが、逆に言えば食べられるならいつでも何でも食べたい。
「早苗、本音は?」
「ジンくんに喜んでもらいたいです!」
それにそういうことらしいし、断る理由もない。
「では1時間ほどお待ちください。ジンくんに喜んでもらえるようなお料理を作ってきます!」
「わかった。じゃあたの……」
……いや。これはチャンスかもしれない。
「俺も行くよ。何か手伝えることあるだろうし」
「いえそんな! 怪我も痛むでしょうし無理しないでください」
「ずっとベッドの上で寝てても暇なんだよ。それと斬波、悪いけど松葉杖持ってきてくれるか?」
「どうだろう。あるけどまだ車椅子の方が……」
「どうせ学校に行ったら松葉杖だし慣れておきたいんだよ」
「そういうことならいいけど……」
よし。これで目的を果たせる。必要ないとは思うが……もしもの時の保険だ。あって損することは……あるだろうが、損するとしたら俺だけ。何より早苗さんのためだ。備えあれば患いなし、ということで。少し迷惑かけさせてもらおう。
「でっか……」
エレベーターを降り、21階。厨房に到着すると、俺は思わずそう言葉を漏らしてしまう。なんかもう、上手く言葉にできない。でかいし綺麗だし、人も多すぎる。そんな中、見覚えのある人を見つけた。
「玲さん?」
「ひゃぁっ!?」
料理と思わしき何かに赤い果実を乗せている三女の玲さんに声をかけると、身体を大きく震わせて赤い顔でこちらを見る。
「玲、何をしているのですか?」
「そ……その……!」
「玲ちゃんはですねぇ、ジン様のためにケーキを作ってるんですよぉ」
慌てるばかりで何も言えない玲さんを補足するメイドさん。
「あ、ルナはぁ、武藤瑠奈って言いまぁす。よろしくお願いしますねぇ、ジン様」
なんだか人見知りの玲さんとは対照的に人懐っこい感じだ。そう思うとメイドさんは主を補う感じの人が多いな。天然早苗さんと、性悪ながらしっかりしている斬波。ギャルのグレースさんと、おっとり系侑さん。人見知り玲さんと、きゃぴきゃぴしている瑠奈さん。よくできているシステムだ。
「玲……まさかジンくんに色目を……!」
「ち……ちが……!」
「玲ちゃんは口下手だからせめて料理で歓迎の意を……ってみたいですよ?」
「なっ……なんで言っちゃうの……!」
どうやらケーキは俺のために作ってくれたようだ。その気持ちはとてもうれしい。
「ありがとう、玲さん。それで蝋燭は?」
「ジンくん意外と子どもっぽいところあるんですね。あ、いけない涎がぐへへ」
「そうじゃなくて消毒用の蝋燭だよ」
「? 消毒用とは?」
「ケーキって消毒用の蝋燭使わないと食べられないんだろ? それでも身体に悪い。お前は身体が弱いから食うなってよく言われたよ。誕生日なのに身体に悪いもの食わされてかわいそうだよな。あ、でも玲さんが作ってくれたものだ。俺の家のより絶対安全だし喜んで食べさせてもらうよ」
「それは……ごめんなさい。また騙されてます……」
あんのクソ親……! いつもいつも俺を騙しやがって……!
「それじゃあ普通に食べていいんだな?」
「は……はい……。美味しくないかもだけど……どうぞ……」
玲さんからフォークを受け取り、白くて黄色いケーキという料理を口に……!?
「う、ま、すぎるぅぅぅぅ……!」
なんだこれなんだこれなんだこれ!? すごい甘くて、口の中で溶けて……! うわ……わぁ……!
「玲さん……天才だ……! 天才すぎる……! もっと食べていい……!?」
「うっ、うんっ。いっぱい……食べて……?」
「うまい! うまい! やっばこれ! え!? マジで美味いんだけどどうなってんのこれ!?」
早苗さんの手料理を食べるためにお腹を空かせておかなければならないのはわかっているのに、手が止まらない。やばい……涙出てくる……!
「そ、そんなに美味しい……?」
「うん! めちゃくちゃ美味しいっ!」
「そ……っかぁ……」
元々赤かった顔に、さらに朱の色が浮かぶ。そして同時に、瞳にもわずかに涙が。
「あ……あのね……っ。わた、わたし……将来、パティシエになりたくて……それで……喜んでもらえて……すごいうれしい……っ」
「あんたまだそんなこと言ってんの?」
ケーキに夢中になっていたせいで気づかなかった。四女の愛菜さんがすぐ近くにまで来ていたことに。
「あたしたちは金持ちよ? 働かなくても生きていける。政略結婚して夫に尽くして一生楽してけばいいのよ。それなのにパティシエなんて馬鹿なんじゃないの?」
刺々しい発言だが、これは悪気のないものらしい。みんないつものことだと流している。それでも。
「夢を持つことは悪いことじゃないだろ」
玲さんの瞳から零れた涙を見て黙っていることはできなかった。
「は? あんた何様? 家族じゃないのに入ってこないでよ」
「俺の夢は大企業に入ってクソ家族や学校の奴らを見返すことだ。そのために俺は生きてる」
「早苗ねぇ! こいつ本性現したわよ! 早く追い出しなさいよこんなクソ野郎!」
愛菜さんの敵意が限界値を超える。だが今はこいつに用はない。
「誰に何を言われようがそれだけは嘘をつけない。それが夢ってやつだ。生きる意味ってやつだ。お前が勝手に癇癪を起こすのは勝手だけどさ。本意じゃないなら謝っとけよ。その言葉は人を殺せるぞ」
俺が言葉を使ったのには理由がある。愛菜さんは寺門さんとは違う。言えばわかってくれると信じている。
「……悪かったわよ、玲ねぇ。こいつなんかのためにケーキなんて作って……ちょっとむかついただけ。おねぇがやりたいならあたしも……応援したい……」
「愛菜ちゃん……気にしてないから……大丈夫だよ……」
まぁこんなところだと思った。愛菜さんの俺への敵意。これは早々に解決しないとな……俺の目的も果たしたし。愛菜さんと少し話をして……。
「……お義兄さん」
どうすれば愛菜さんと和解できるか考えていると、ただでさえ声の小さい玲さんが俺の耳元で囁いた。
「ありがとう……わたしのために怒ってくれて……うれしかった……」
初めて見るその柔らかな笑顔に、俺は。
「やっぱ早苗さんの妹だな。笑ってた方がかわいいよ」
「そ……そう……」
玲さんの後ろで怖い目を向けていた早苗さんにフォローを入れながら、そう返した。
ジャンル別日間1位、週間3位、総合日間10位ありがとうございます! 本当にうれしいです!!!
とりあえず姉妹編開始してます! もしかしたら夜もう1話上げられそうかも……? なので。ブックマーク押してお待ちください! ☆☆☆☆☆を押して評価もお忘れなくどうぞ!