第1章 第1話 人生の転換点
「須藤塵芥くん、だよね?」
春と言えば出会いの季節。クラス替えが行われ、見知らぬ女子生徒に話しかけられるのも珍しい話ではないだろう。
「この前の全国模試で全国1位をとったってほんと? 私勉強に自信なくて……よければ教えてくれないかなって……」
こういう出会いから交際が始まり結婚、だなんてことも珍しい話ではないはずだ。ただ一つ。訂正しておかなければならないことがある。
「そいつはやめとけよ。勉強しかできないゴミ野郎だぜ?」
そんなラブコメは俺には無縁の話、ということだ。
「ゴミ野郎って……失礼だよ」
「失礼なもんかよ! なんせそもそも名前がゴミじゃねぇか!」
俺がかわいい女子に話しかけられたのが気に入らなかったのか、小学校からの同級生のチャラ男、戸川旭が割って入ってくる。
「で、でも……ご両親からつけてもらった大切な名前だし……」
「あーお前、知らねぇのか。こいつは不倫相手の男との間に子どもなんだよ。しかもその不倫相手からは逃げられて、誰からも望まれない子どもだから、『ちりあくた』。どうだ? こんなゴミ野郎に関わるだけ無駄だと思わないか?」
「俺も同感だ。馬鹿と付き合うつもりはない」
いつまでも戸川からの罵倒に付き合う義理はないので席を立つ。そして帰ろうとすると、背中を力いっぱいに蹴られてよろけてしまう。
「ゴミが一丁前に人間様を見下してんじゃねぇよ」
「はぁ……」
本当に時間の無駄なんだけどな。だけどここで喧嘩にでもなって学校から怒られるのは避けなければならない。
「戸川、喧嘩売る相手は選べよ」
「あ?」
「確かに俺はお前ら普通の人間からしたらゴミだろうよ。でもそれは今だけの話だ。俺は毎日放課後から深夜までバイトして生活費を稼いでる。それで全国1位だ。自分で言うのもなんだが、それなりにすごいと思わないか?」
「何が言いたいんだよてめぇは!」
「つまりだ。俺は将来成功する可能性が高い。そんな奴に偉そうにできるほど自分に自信があるのかって訊いてんだよ」
「っ……!」
反論ができなくなったようなので急いで教室から立ち去る。クラス替え直後とはいえ俺は基本的に全ての人間からゴミのように扱われている。取り囲まれでもしたら面倒だ。
「クソ……覚えてろよ……」
あれくらいのことを言うのが精一杯の自分が腹立たしい。だが我慢だ。あと2年。あと2年で高校を卒業できる。そうすれば奨学金でも推薦でも何でもいい。大学に入って一人暮らしして、良い会社に入る。そして奴らを見返すんだ。俺を虐げる全てを。
ロクに働かないくせにガキを6人もこしらえた母親。ギャンブル三昧でロクに金を入れないくせに俺が稼いだ金をたかる父親。ただ父親が違うってだけで俺を見下し虐げる兄弟。まともに勉強もしないのに俺を妬み嘲るクラスメイト。虐めを見て見ぬ振りする教師。全員だ。将来全員、見返してやる。そのはずだったのに。
「左脚……駄目かもしれませんね」
俺の脚は動かなくなった。
「傷は深くないんですが、神経やら何やら、傷ついてはいけない組織が切断されています。軽度ですし杖をつけば問題なく歩けるようにはなるでしょうが、一生麻痺は残るでしょう」
その日の夜。俺は医師からそう告げられていた。
その理由は一つ。脚をナイフで刺されたからだ。
バイトに向かう最中、女子高生が複数の男たちに取り囲まれ、車の中に押し込まれそうになっていた。無視しようとした。面倒事に首を突っ込めるほど、俺の人生に余裕はないから。誰かの命より、俺の命の方が大事だから。
そう思っていたのに、身体が勝手に動いていた。
女子高生は救えた。男たちは逃げていった。その代償として、俺は左脚を失った。その話を俺と一緒に聞いていた両親は。
「何やってんだてめぇっ!」
俺を殴り飛ばした。
「お前、バイトはどうすんだよ!? 金は!? つっかえねぇなぁっ!」
「どうせなら死んでくれてたらよかったのに……。犯人は捕まってないし、保険金は入ってこない。はぁ……どうしてくれんの?」
殴られることはわかっていた。罵られることも。そういう両親だということは嫌というほどわかっていた。だからそれに対しては何とも思わない。でも、
「とりあえずあんた、高校辞めてね」
それだけは、予想外だった。
「なん、で……!?」
「なんでって決まってんでしょ。穀潰しにかける金なんかないんだから。部屋の中でずっと内職してなさい」
「ちょっと待てよ……! 俺全国1位だぞ……! 学費だって推薦でかかってない! それを退学させるなんておかしいだろっ!」
「わかってねぇな……。まともに歩けない障碍者を雇う会社がどこにあんだよ! 勉強なんてさせたって意味ねぇだろうがっ!」
こいつらが馬鹿だということはわかっていた。でも、ここまでとは。いや……そんな価値観や常識だからこうなってるんだ……。身体に不自由がある人でも普通に働いていけるのに……こいつらは……!
「さっさと帰るよ。入院なんかさせる金ないんだから」
「そ……んな……!」
俺は一生ボロアパートの一室の片隅で袋詰めをして終わるのか? 今までの努力は全て無駄だったのか? 俺の人生はここで終わりなのか? 答えはわかっている。引きずられても反抗できない。それが全てだ。
俺の人生は、終わった。そう諦めた時。
「須藤塵芥くんのご両親、ですね」
病室に2人の大人が入ってきた。1人は俺でもわかるくらい高級なスーツと腕時計を纏った凛々しい男性。もう1人は地味ながらも上品さを醸し出す衣服を着こなす、ブロンドの髪を持つおそらくハーフの女性。雰囲気がもう、俺のクソ親共とは真逆の人たちだ。
「そうだけど、あんたは?」
「申し遅れました。私共は塵芥くんに助けていただいた娘の両親です」
2人がそう告げると、引きずっていた俺を両親が抱きしめる。
「あんたのせいでうちのかわいい息子がゴミになっちゃったのよっ!? 慰謝料と賠償金を払いなさいっ!」
「そうだっ! お前らが住んでいる家を俺たちによこせっ!」
こい、つらは……。どれだけ恥知らずなんだ……! 俺が憤りを隠せないでいると、男は病室のドアを開け、外にいるスーツの男性からアタッシュケースを受け取った。
「もちろんお礼はさせていただきます。少ないですが、お納めください」
「「「っ!?」」」
男がアタッシュケースを開くと、両親は俺を放り捨てて飛びついた。100万じゃくだらない金の束に。
「1000万ほど用意しました。これで他言無用にしていただきたい」
「も、もちろんっ!」
「ありがとうございますっ!」
両親はアタッシュケースを大事そうに抱きかかえると、俺を置いてスキップするように病室から出ようとする。だがそれを男が引き止めた。
「それともう一つ。お願いが。息子さんを我々に譲っていただけませんか?」
「はぁっ!?」
俺を、譲る……!? それってつまり……!
「もちろんお礼はさせていただきます。ちょうど土地が余っていてですね。上手く使えば1億以上の価値があるのですが、どうですか?」
「おいクソ親! こいつら、誘拐犯の仲間だっ! 警察に通報しろっ!」
俺がほしいってことはつまり、口封じが目的……! 買われたら比喩じゃない。本当に、俺の人生が終わる。それなのに。
「もちろんいいですよっ! 不出来なゴミみたいな息子ですがもらってやってくださいっ!」
「馬鹿野郎……! 先生っ!」
両親が信用できないのはわかっていた。だから医師に目を向けると、
「……?」
医師は優しそうな笑顔を浮かべ、シーッと人差し指を立てていた。これが病室でうるさくするなって意味だったら親に負けないくらいの大馬鹿だが……。
「それでは契約があるのでこちらに」
「はいはいっ! じゃあな塵芥!」
「元気でねっ! 私たち幸せになるからっ!」
うちのクソ両親が満面の笑みで大人たちと共に病室から出ていく。今しかチャンスがない。
「先生! 何でもしますっ! だから俺を匿って……!」
「心配しなくていいよ。あの人たちは『ミューレンス』の社長と夫人だ。決して怪しい人間じゃない」
ミューレンス……。俺が想像している通りなら、超有名玩具メーカーだ。それ以外にも不動産やら旅行分野やらにも手を伸ばしている、日本でも屈指の企業……というのは表向きの話。何やら政財界とも強力なコネクションがあり、一企業レベルではない権力を持つと言われている。俺が将来を想定していた会社でもある。その社長令嬢ともなれば誘拐されるのも不思議な話ではないが……。
「じゃあ俺を譲るっていうのは……」
「それは私がお願いしたのです」
病室に1人の女性が入ってきて、それと入れ替わるように医師が出ていく。病室には俺とこの女性。純白のワンピースタイプの制服と、黒いニーソックス。そしてさっきの女性と似たブロンドの髪をなびかせる天使を彷彿とさせる姿の美少女は、俺の姿を見て涙を浮かべ、頭を深く深く下げた。
「先程は助けていただいてありがとうございました。今私がこうして生きているのもあなたのおかげです」
そこでようやく気づいた。この子が誘拐されそうだった女子高生……ということはさっきの2人の娘さんか。母親とよく似ていて綺麗だ。こんな綺麗な子を忘れるなんてよほど焦っていたのか、よほど興味がなかったのか……おそらく両方だ。
「別に君が俺に頭を下げる義理はないだろ。君は誘拐されそうになっただけで悪くないんだから」
「ですがそのせいで……脚が……」
「それもだよ。ていうか謝らないでほしい。別に君を恨んでるわけじゃないけど、怒りのぶつけ先がないと俺は生きていけないから」
申し訳ないが、こんな怪我を負って気にしないでと言えるほど善人ではない。なんせあの母親の血を引いてるんだ。ゴミさで言えば自信がある。俺は怒りや憎しみで動く人間だ。それなのに恨むべき対象が良い人だと、俺が困るんだ。
「そんなことより金とか土地の権利とかは親に言って取り下げてもらった方がいい。どう考えてもやりすぎだ」
「お金はともかく、権利書は私が父に頼んだものなんです。……申し訳ありません。廊下にまでその……下品な声が聞こえていたもので……。恩人をそんな環境に置いておくことなどできませんし……何より。私が思ったのです。あなたがほしいと」
言葉の意味がわからず困っていると、女性は汚い床に膝をつき、俺を見上げて、言った。
「一目惚れしました。私と結婚してください」
胸糞ですみません! 今回だけです!
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