第八話 向こう側の様子
たいへんふくよかな男性が椅子と一体化したように座り込んで手の甲を顔付近に近付けて話していた。
その反対の手では空中に何かを描くような素振りをしている。
表情はメットに隠されて分からないがどこか媚びたよう様子で話し終えると気が抜けたのか己の肉へ沈んでいった。
少しの間、椅子に沈んでいたが手元の机を弄った。
すると天井からチューブのような物が降りてきた。
男性はそれを気怠げに掴もうとするが何度か外れてしまった。
少し立ち上がってようやくチューブを掴むと椅子に腰を落として慣れた様子でメットに差し込んだ。
どうやらチューブから何か流れ込んでいるのか盛大に嚥下する音を立てながら男は何かを飲み込んでいく。
男はそれで一息ついたのか大きく伸びをして再び手の甲を口元へ運んだ。
「…やぁ、マンダリン君。
保安省は昼には来るそうだ。
あの賊共の様子はどうかね?」
男はさらに机を弄ると天井からカラフルな玉が入った半透明の容器が降りてきた。
男はその容器の中身を掴むとメットを被ったまま口があるだろう場所に押し付けた。
不思議な事にカラフルな玉はメットに阻まれることなくメットの向こう側へと消え男は満足そうに唸る。
「…そんなに慌ててどうかしたのかね?」
男は思っていた反応と違った事に困惑しながら机を弄ってチューブと容器を片付けた。
さらに弄ると机の上に白い枠で囲まれた立体映像が映し出された。
3人のメットを被った者達と枠で隔てられた狭い場所で踊っている5人の女性が映っていた。
女性達の足元には淡い黄色の物体が捨てられている。
「…なぜ賊の拘束が解かれている?
マンダリン君、これはどういう事だ!?
早く抑圧器を使わないか!」
男が怒号をあげたのと同時に状況が変化した。
女性達から何かが生えて隔てていた枠を破壊し、その何かがメットの者のうち2人に直撃したのだ。
「無事か、マンダリン君!?
……うむ、………そうか。
分かった、マンダリン君。
撤退を許可する」
3人が枠の方へ移動してそこから出て行った。
男はそれを確認して口に寄せていた手も合わせて机を弄ると枠の色が白から黒へ変わった。
「ふぅ…これで封鎖は完了したか。
しかし、あれは…育成室で押収したはず…
いったいどこから…?
ん…ん!?」
男は信じられないものをみたように驚いた。
立体映像では幼女が黒い枠を叩いている。
男の視線はその黒い枠の少し外側に表示されている文字であった。
「は、破壊しているのか!?
生体合金の壁をいともたやすく、それも子供が!?
し、信じらん!
あの服は外殻装備とでも言うのか!?」
男は立体映像が間違っていると言わんばかりに叫ぶと浮かんでいる文字の近くを素早く叩く。
すると別の映像が現れた。
そこにはエプロンドレスを着た可愛らしい幼女が壁を叩いている様子が映っていた。
どうやら記録を再生しているのか傷が一つもない壁へと幼女が駆け寄る。
そして壁を叩く度に乾燥した紙粘土のように砕けたり凹んでいく。
「ば、化け物め…
あの怪力女以外にも…いや、もしや手足に何か仕込んでいたのか?
もしもそうならば全員が怪力を発揮できるのか?
…保安省が来るにはまだ時間がかかると言うのに!
これでは封鎖した意味がないではないか。
距離があるとは言え、もしあそこへ辿り着かれてしまってはどうやって責任をとれば…」
男は椅子から立ち上がって部屋をウロウロと歩きまわった。
どう対処するべきか考えているのかブツブツと同じ言葉を繰り返している。
考えがまとまったのか座る事も惜しいと言わんばかりの勢いで机を操作する。
「本来は大型の拘束に使う物だが…やむを得ん。
生体合金を破壊するような怪力で暴れられてはシステムがダウンしかねんのだ」
男は誰かに言い訳するかのように呟きながら操作を進める。
すると立体映像の上、天井にあたる部分に滴を反転させたようなマークが表示されていく。
「…なぜ生命感知が作動しないんだ!
ええい、このこの!」
男が自棄になったように叫びながら膨れ上がった手を忙しなく動かすとマークの先端が順々に彼女達に向けられる。
そして…マークが伸びて彼女達を貫いた。
「…頭や首まで刺してしまったか。
保安省には悪いが賊は全滅…な、なんだこいつらは…
なんで動けているのだ!?
このっ…人の皮を被った化け物共め」
手足の関節を重点的に狙われ、頭や首など生命に関わる箇所をも貫かれた彼女達が動く様子を恐れ慄きながら男は腰を抜かしたのか床に力無く座り込んでしまった。
男は手の甲を口元に寄せると誰かに指示を出すような言葉を吐くと重力に身を任せて横たわった。
どうやらあまりの事態に気絶してしまったようだ。
【育成室】
何かを育てる為の部屋。
発達した技術力により背景や空調によって本物と間違えそうな程、自然に近づけられる。