第七話 不確かな翻訳
それは古代から存在していた黒魔術の一種である。
死体による占い全般を指す通俗的な呼称で、未来や過去を知るために死者を呼び出し、また情報を得るために一時的な生命を与えることを含む。
それを使う者を死霊術師と呼ばれていた。
昨今では様々なフィクションにも使われている幻想の一つ。
彼女達が遊んでいたゲーム【迷宮の國】にもそれを題材にした職業が存在していた。
それが黒いローブの女性の職業、ネクロマンサーである。
「スキルを取ると考えるだけで何ができるか判断がつくのは良いな。
ゲームとは違って翻訳にも活かせたぞ」
黒いローブの女性が空中に浮かぶ青白い人魂を面白そうに見つめながら黒い箱に座っている。
彼女のすぐ横には空の小瓶が置かれていた。
「パン、パン、パン。
でも完全に翻訳されてた訳じゃないだろ。
明らかに俺が言ってた言葉もそいつが言っていた言葉も死霊が翻訳したのは短かったぞ。
一部だけの単語しか翻訳されてなかった感じだ。
交渉役に行かせた奴も戸惑ってたしな。
死霊召喚のスキルレベルをあげてみるか?」
赤帽子の少女が部屋の片隅に集めた赤いブツブツに照準を合わせて銃を撃つ…練習をしていた。
発砲音を口真似しながら銃口を向けるだけの行為が練習と言えるか分からないが本人は至って真面目だ。
そしてそれをつっこむ者はこの場には居なかった。
「初期ボーナスと今回のレベルアップで得たのを合わせて全員にそれぞれ6ポイント。
今後、何が起こるか分からないから大事に使わないと下手したら詰みかねないよ。
今の状況で安易にスキルレベルをあげるのはダメなんじゃないかな?」
褐色の女性が照れを越えて諦めた様子で腰や手足を振りながら今後の心配をする。
その片手には黒いローブの女性が側に置いていた空の小瓶を握っていた。
時折、全員の視線が遠くの場所を見るような虚ろなものになるがそれも一瞬のことだ。
「だが、【迷宮の國】はスキル有りきでも死にやすい難易度だ。
ピンチの度にメニューを開いて無防備になるのはヤバい。
ここが迷宮の中である以上、ある程度…パーティーが成立するように割り振っておく必要がある」
大柄な女性が壁のような物を片手で支えながら仁王立ちで1人のメットを被った者を見張っている。
メットの者は崩れた壁の更に奥でうつ伏せにされていた。
人質としてなのか上には一応重りが存在していた。
「果報は寝て待て。
結果を待て待て」
重り役の幼女がメットの者の背中の上に座り込んでいる。
一部にはご褒美になりかねないのだが怪力を得た幼女に首を掴まれては生きた心地がしないだろう。
床のすれすれには青白い人魂が浮かんでおり、それを通してメットの者と会話しているようだ。
ちなみに幼女の中身は他の彼女達と変わらないのだが体の小ささに釣られてかついつい子供じみた事を言っているがそれを気にする者は居なかった。
「スキルポイントを全振りした奴が言える立場じゃないぞ?
防衛の要だから文句はないけどよ。
それにしても交渉役は遅くないか?
やっぱり俺達の意図が伝わりきれてないんじゃないか?」
「…いや、伝わっていたとしても迷うだろ。
映画とかで突然現れた人に擬態した宇宙人が敵意はないって言ってもすぐに信じる場面なんて無かっただろ。
俺達の意図はそれよりも荒唐無稽だからな。
何日か待たされるんじゃないか?
その時は人質の安否が怪しいがな」
テロリストのような事を言っているがただ人質を心配しているだけである。
消化器官を持たない彼女達と違ってメットの者には生きていくには水分と食糧が必要なはずだ。
少しでも体調が怪しくなったら解放することだろう。
しかし、そんなに待たなくても良いようだ。
突然、誰も居ない壁際にそれは現れた。
「#############」
彼女達は突然現れた声と姿に驚いたが、正体に気付いたのか安心した様子で反対側の壁際に集まった。
その際に大柄な女性と幼女に急かされてが人質に取っていたメットの者も連れて来た。
それに実体はなかった。
それもそのはず、交渉役や人質にされた者とはまた違うデザインのメットを被った者、その映像が映し出されていたのだ。
よく見ると天井に穴が開いて管の代わりに別の装置が出ている為、そこから投影されているようだ。
「まずは自己紹介からさせていただきます。
私達の名前はブルーゴート。
交渉の場についてくれて感謝を申し上げます」
黒いローブの女性が今までよりも随分と丁寧な物言いで映像の者に話しかける。
側に浮かんだ青白い人魂から途切れ途切れに別の言語が流れた。
【オーファン】
【迷宮の國】のサポーター系の職業の1つ。
戦う力のない孤児。
他と比べて戦闘の際に使えるスキルが極端に少ないが、それ以外の場面で大活躍する。
あまりの活躍ぶりにプレイヤーからは孤児院ではなく工作員養成所の出身だろうと言われていた。