♪08 素直じゃなくて気持ち隠して
素直じゃなくて気持ち隠して、もうそんなこと終わりにしよう。何が好きとか何が嫌とか、そうした気持ちは隠すことなく、何なら歌にしてしまえばいい。そんなことを誰かが言っていた気がする。
ふとそんなことが頭に浮かんだけど、すぐに首を振って消しておいた。
しばらくの間、僕は墓石の前にいた。気付いた時には、すっかり真っ暗な墓地に一人いるという状況になっていて、ホラーや怪談が苦手な人からすると、耐えられないだろう状況だった。
「じゃあ、またな」
僕は最後にそう伝えると、その場を後にした。
家に帰ると、僕の部屋の前で光が待っていた。
「遅いよ」
「いや、何でいるんだよ?」
「太陽君に話があって来たんだけど、部屋にいないから待っていたの」
いつから待っていたのかという疑問を持ちつつ、とんでもない答えが返ってくるのが怖くて、聞かないでおいた。
「話って何だよ?」
「ちょっと、部屋に入れてくれないの?」
「いや、むしろ部屋で僕と二人きりになってもいいのか?」
僕の言葉に、光は小悪魔のような笑みを見せた。
「太陽君、彼氏持ちの私に何をするつもりなのかな?」
「絶対に何もしないから安心してくれ」
「じゃあ、安心して部屋に入るよ」
色々と言いたいことがあったけど、上手く言葉が出てこなかった。そんな僕を見て、光はまた笑みを浮かべた。
「まあ、私は太陽君になら、何をされてもいいけどね」
「絶対に何もしないから安心してくれ。大事なことだから二回言わないとな」
「それ、私に女としての魅力がないって意味かな?」
「ああ、もうわかった。入ってくれ」
色々と面倒になって、光を部屋に入れた。光は部屋に入ると、中を見回した。
「結構、片付いているんだね。さてと、エッチなものはどこにあるのかな?」
「今すぐ部屋から出ろ」
「冗談だよ。見つけたところで気まずくなるだけだし、探さないよ」
うんざりしつつ、僕は荷物を置いた後ベッドに座り、光には机の椅子に座ってもらった。
「それで、話って何だよ?」
「今週末、祭りがあるでしょ? その中でライブがあるけど、太陽君は参加しないの?」
民宿にあったのを見つけたのか、光は祭りのチラシを見せながら、そんなことを言ってきた。今年の祭りでもライブがあり、参加者を募集しているのは知っていた。でも、僕には関係ないものと無視していたのに、こんなところで話題に出されるとは思わなかった。
「別に参加する気はないよ。参加したいって言うなら、光一人で出ればいいだろ?」
「私はライブなんてたくさんやってきたし、そんなの意味ないよ」
「そもそもの話で、何で僕にそんなことを言うんだよ?」
「何でって、この"I can do it now!!"って曲を、ライブで歌ってほしいからだよ」
光の手には、"I can do it now!!"と書かれたCDがあった。それだけでなく、歌詞とコードが書かれた紙も持っていた。
「太陽君の歌、天才の私ほどじゃないけど、いいと思ったよ。だから、これをライブで歌ってほしいの」
「……それ、どうしたんだよ?」
「昨日、嵐君が空ちゃんの名前を出したでしょ? それで、太陽君のお父さんに話を聞いて、今日空ちゃんの両親にも会ってきたの。それで、このCDなんかをもらって……」
「いい加減にしろよ!」
思わず大きな声が出た。いつもなら、ここで少し冷静になって抑えられたはずだ。でも、今日は違った。
「おまえは何がしたいんだ? 人のこと詮索したり、そうやって触れてほしくないことにドンドン触れたり、少しは人の気持ちを考えろよ!」
こんな風に誰かに怒りをぶつけたことは、ほとんどない。何かイラっとしても気にしないようにするし、自分のことはあまり怒らないタイプの人間だと認識している。でも、光に対しては、我慢できなかった。
そんな僕に対して、光は深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
しばらくした後、光は顔を上げた。その光の目は、圧倒されそうになるほど、強い目だった。
「太陽君、そんな風に感情的にもなれるんだね」
「は?」
「太陽君は素直じゃないし、気持ちも隠す人だけど、こうすればぶつけてきてくれると思ったよ」
光は強い目のまま、話を続けた。
「太陽君は、何で空ちゃんの話を避けるの?」
「そんなの……亡くなった人の話をいつまでもするなんて、そもそもおかしいからだよ」
あまり考えないようにしていたのに、光のせいで思い出してしまった。空は7月12日に亡くなった。そのことを思い出してしまった。いや、正確には忘れていないから、思い出したという表現も違うかもしれない。
「それは違うんじゃないかな? 人は亡くなってしまうけど、消えるわけじゃないよ。みんなの中……太陽君の中にも空ちゃんとの思い出はあるでしょ?」
さっき、空をきっかけに役者を目指そうとしている翼に会ったばかりだし、光の話は、ある程度理解できる。でも、僕にとってはそういうものじゃなかった。
「この曲、太陽君と空ちゃんで作った曲なんだよね? それを太陽君がライブで披露する。そのための手伝いを私はしたい。これって、間違いなのかな?」
光の言っていることは間違いじゃない。でも、それは空がどうして亡くなったか知らないから言っていることだろう。僕は心の中を整理させた後、口を開いた。
「空は病院の屋上から落ちて……それで亡くなったんだ」
空は癌を宣告されて、余命半年だなんて言われていたのに、半年が経った後も一見元気だった。でも、入退院を繰り返して、時には辛そうな顔を見せたり、生死の境をさ迷うほどの事態になったりしたこともある。ただ、空はほとんどの時間、笑顔だった。
それなのに、7月12日に空は病院の屋上から落ちて亡くなった。そうなった原因については、今もわかっていなくて、表向きは事故ということになっている。ただ、苦痛から逃れたくて、空が自ら死を選んだんじゃないかなんて話をする人もいるのは事実だ。
「空は自殺なんかしない。そう思っているけど、空がどれだけ辛かったかもわからない。そんな空と一緒に作った曲を……僕は歌えない」
こんなことを誰かに言うのは、初めてだ。言ってから、何でこんな会ったばかりの光に言ってしまったのだろうかと気付いて、そもそもの発端が何かというところまで思考が進んだ。
「だから、ライブには出ない。この曲を歌う気もない」
「太陽君、アホなんだね」
予想外の返答が来て、僕は固まってしまった。
「は?」
「空ちゃんが、自殺するわけないでしょ?」
「いや、おまえは空のこと知らないだろ? 何でそんなことが言えるんだよ?」
「太陽君は空ちゃんのことを知っているんでしょ? 何で信じてあげられないの? こんな前向きな曲を太陽君と作った空ちゃんが、自殺なんてするわけないよ」
光の言葉を聞いて、その通りだと思った。
光が持っているCDには、空に頼まれて無理やり録音した"I can do it now!!"という曲が入っている。間違った常識というものに悩みながら、自分の夢を目指すといった感じの曲で、僕はこんな曲を歌わないといけないのかと抵抗があった。でも、きっとこれが空の歌いたい曲なんだろうと解釈すると、空の代わりとして、僕はこの曲を歌った。
「でも、人の考えなんてわからないし……」
「そうやって、逃げる言い訳を探す癖、やめた方がいいよ?」
光の言葉に、僕は何も言えなかった。これまで、僕は逃げてばかりだった。嫌なことから目を背けて、一応平穏ないつも通りを過ごせればそれでいい。だから、空がどうして亡くなってしまったのか、追及しなかった。万が一、空が自殺したんだという結論が出てしまったら、僕はどうなってしまうかわからない。だから、ずっと逃げてきたわけだ。
「ずっと空ちゃんと一緒にいた太陽君より、空ちゃんに会ったこともない私の方が、空ちゃんのことを知っている。それが嫌なら、ちゃんと空ちゃんと向き合うべきだよ」
光はそう言うと、CDと、歌詞やコードが書かれた紙を机に置いた。そして、光は部屋から出て行った。
僕は光が置いていったもの――空が残したものを見ながら、首に手をやって、鎖の感触を確かめた。