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♪07 いつも通り

2021年10月12日(火)


 いつも通りというのは、基本的にいいことだ。でも、考え方によっては、変化がないという悪い意味にもなる。だから時には、いつも通りじゃないことがあった方がいい。そんなことを誰かが言っていた気がする。

 朝起きて、顔を洗ってから寝癖を直して、着替えてから朝食を取って、ネックレスの確認もして、それから大学に向かう。これが、平日の僕のいつも通りだ。そして、家を出たところで、笑顔の月がいるというのも、いつも通りだ。

「太陽さん、おはようございます」

「ああ、おはよう」

 家が近いことと関係なく、僕と月はほとんど同じ講義を選択しているので、自然と一緒にいる機会が多い。それなら、大学まで一緒に行かないかと月から提案されて、こうして僕の家で待ち合わせた後、一緒に大学へ行くようになった。

 みんなといることが大事だなんて言葉があるけど、こうして一人の時間がほとんどない今の僕は、人によって理想なのかもしれない。ただ、僕は一人の時間も大事だと思っているから、微妙なところだ。特に気分の乗りづらい朝は、一人で過ごしたいなんてことも思ってしまう。

「昨日は楽しかったですね。太陽さんの歌、すごく良かったです」

「僕としては、納得いっていないんだけど、まあ、ありがとう」

「せっかくなら、今度の……」

 月は何か言いかけて、そこで言葉を止めた。

「また、一緒にカラオケに行きましょう」

 明らかに話をはぐらかした感じだったけど、追及する必要がないし、聞かなかったことにした。

 大学はバスで駅まで行った後、電車で一駅行ったところにある。車の量によって、時々前後することはあるけど、基本的にバスが来る時間はいつも同じだ。今日も同じ時間のバスに乗ると、何事もなく駅に到着して、電車も時間通り来たからそれに乗って、いつも通りの時間で大学に到着した。

 余裕を持って来ているから、この時間だと人が少ないし、好きな席に座れる。だから、僕と月は後ろの方の席に座った。

 こうして、目立たないように後ろの方の席に座ること。よく見る人が周りに座っていること。退屈な講義を眠気と戦いながら受けること。すべて、いつも通りだ。

 講義が終われば、休み時間がある。お昼には昼食を取る時間がある。そして、午後も退屈な講義を受ける。何だか、今日はそういったいつも通りのことが、一つ一つ引っかかった。その原因は、きっと光のせいだ。

 今日の僕は、いつも通り笑顔を作れているだろうか。周りの人は、僕の笑顔を不自然に思っていないだろうか。そんな疑問が頭に浮かんでは、その度に頭から消した。そして、僕はいつも通りだと無理やり納得させた。

 そうして今日の講義が終わり、帰ろうとしたところで、手を振る嵐の姿があった。

「太陽、月ちゃん、この後ゲーセンにでも行こうぜ!」

「あ、今日は……」

 月は何か都合が悪い雰囲気で、僕としてはむしろ助かった。

「ごめん、僕も今日は用事があるんだ。また今度誘ってくれ」

「……ああ、そうだったぜ。その……いや、何でもねえぜ。また今度な」

 毎月12日に、僕は行くところがある。そのことを忘れた嵐が誘ってきて、その後不自然なほど気を使ってくるというのも、いつも通りかもしれない。とりあえず、動揺した嵐が鼻の穴を膨らませるというのは、間違いなくいつも通りだった。

 そして、この件について僕からは特に何も言わないというのも、いつも通りだ。

「じゃあ、またな」

 そんな別れを言って、僕は嵐と別れた。そんな僕についてくるように、月が駆け寄ってきた。

「私も今日は帰るので、途中まで一緒に行きましょう」

 できれば一人になりたいという気持ちもあったけど、断る理由がなくて、月と一緒に大学を出た。でも、その後、電車に乗っている時も、バスに乗っている時も、月とは一切会話がなかった。

 嵐と一緒で、月も僕に気を使っているような、不自然な態度だった。ただ、そのことについても、僕からは何も言わなかった。

 バスを降りて、途中まで月と一緒に歩いた後、僕は足を止めた。

「じゃあ、僕はこっちだから、またな」

「あ、はい……」

 月は何か言いたそうにしていたけど、それを飲み込むように目を閉じた後、笑顔を見せた。

「太陽さん、また明日」

 それだけ言うと、月は行ってしまった。僕はそんな月の後ろ姿を見送った後、足を進めた。

 僕が向かったのは、墓地だ。いつも中途半端な時間に来るからか、僕がここに来る時は、誰もいないことが多い。でも、今日は違った。

 墓地に入っていくと、途中で人とすれ違った。こんな時間にこんなところで誰かと会うのは初めてで、一瞬幽霊かと思い、振り返った。すると、相手も何か思うところがあったのか、こちらに顔を向けてきたので、自然と目が合った。

 どこか見覚えがあったけど、見た感じ小学校高学年ぐらいの女の子だし、そんな知り合いなんていただろうかと記憶を探った。

「もしかして、太陽さんですか?」

「ああ、そうだけど?」

「私、つばさです。病院で何度か会ったと思うんですけど……」

「ああ、久しぶり」

 当時、詳しくは聞かなかったけど、確か翼は小学生で、病気か何かで入院していて、難しい手術を控えているとか、そんな話だったのを思い出しつつ、どう話そうか頭を働かせた。

「その様子だと、手術は上手くいったみたいだね」

「はい、最近は学校にも行けるようになりました」

「それなら良かったよ。というか、こんな時間に一人で大丈夫?」

「いえ、父が外で待っているので、大丈夫です」

 そういえば、外に車が止まっていて、それも珍しいと感じていた。恐らく、その車に乗っているのが翼の父親だろう。

 それより、翼の言葉が妙に丁寧というか、小学生にしては大人びた口調で、少し戸惑った。ただ、翼は病院にいることが多くて、年上の人と接することがほとんどだなんて話を聞いていたから、そのせいだろうと気にしないことにした。

「今日は私だけで報告したいことがあって……そうだ、太陽さんにも報告します。私、役者を目指すことにしたんです」

「役者?」

「演技の真似事をした時、空さんが褒めてくれて、役者を目指すべきだと言ってくれたんです。それで、今日から演技の勉強も始めたので、その報告です」

「いや、自分の夢は自分で決めるべきじゃないか?」

「いえ、私自身も役者を目指したいんです」

 まだ幼いのに具体的な夢を持っていて、僕は純粋に感心してしまった。同時に、将来の夢をまだ持っていない僕自身について、色々と思うところがあった。ただ、今更考えたところでしょうがないと、深くは考えないでおいた。

「特に何もできないけど、応援するよ。頑張ってくれ」

「はい、ありがとうございます!」

「というか、親も待っているだろうし、そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」

「そうですね。戻ります」

 そこで、翼はどこか悩んでいるような表情を見せた。

「あの、空さんのことなんですけど……」

 翼は深刻な表情で、必死に何かを伝えようとしている雰囲気だった。でも、結局翼はその先を言わなかった。

「すいません、何でもないです。それじゃあ、行きますね」

 最後に深く頭を下げた後、翼は行ってしまった。僕は何かと思いつつ、そのまま墓地の奥へ進んでいった。

 ある墓石の前に立ったところで、僕は両手を合わせた。毎月12日にこうすることが、僕のいつも通りだ。

 いつも通りというのは、基本的にいいことだ。でも、考え方によっては、変化がないという悪い意味にもなる。だから時には、いつも通りじゃないことがあった方がいい。そんなことを誰かが言っていた気がする。

 でも、僕はそう思わない。いつも通り過ごすことは、絶対にいいことだ。

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