♪06 作り笑顔
作り笑顔と本来の笑顔は全然違うもので、すぐに見分けることができる。目が笑っていないなんて言葉があるけど、そういったものでもなく、ただ何となくといった感覚で、作り笑顔はすぐにわかる。そんなことを誰かが言っていた気がする。
でも、本当にそうだろうかという疑問を僕は持っている。例えば、今僕の目の前には笑顔の月と嵐がいる。でも、それが作り笑顔か本来の笑顔かと質問された時、答えに迷ってしまう。
「太陽さんの歌、良かったですよ!」
「ああ、俺もそう思ったぜ」
夕飯時になったところでカラオケを後にして、近くのファミレスに入った。そして、料理を待っているところで二人からそんなことを言われた。
「いや、嬉しいけど、歌手とかと比べたら僕の歌なんて下手だし……」
光のおかげで、今日は結構音程を合わせて気持ち良く歌えた気がする。でも、所々音を外したし、そもそも自分の声質は歌に向いていないように感じているし、二人の言葉はお世辞のようなものだろう。
「太陽君、私と一緒で、歌手を目指している人みたいなことを言うね」
「は?」
光が何を言っているのか上手く理解できなくて、僕は少しだけ固まってしまった。
「別に、僕は歌手なんて目指していないけど?」
「それじゃあ、私の勘違いかな」
何だか意味深というか、読みづらい表情を光は浮かべた。ただ、どこか楽しんでいるような雰囲気は感じた。
「光ちゃん、歌手目指してんの?」
「うん、まあね」
「だったら、光ちゃんの歌も聞きたかったぜ」
思えば、今日は長い時間僕が歌ってばかりで、合間に月と嵐が歌うといった形で、光は全然歌わなかった。昨夜聞いた感じ、光は歌が上手だったし、何で歌わなかったんだろうかと今更疑問を持った。
「このミサンガにも、私は歌手になりたいって夢を願ったしね」
今日、歌わなかった理由を聞こうと思ったところで、光はまた別の疑問を僕に与えた。
「ミサンガ?」
「何か、昔流行ったみたいだよ。紐を編んだもので、これを着ける時に叶えたい願いを込めるの。そうすると、これを着けている間、少しずつ願いが叶っていくんだって」
「……えっと、私が聞いた話だと、ミサンガが切れた時に願いが叶うって話だったかと思いますけど?」
「そうなの? まあ、このミサンガは着けていると少しずつ願いが叶うものって言われたし、きっとそういうものだと思うんだよね」
このミサンガというのは、いわゆるジンクスのようなものだと思うけど、光が随分と適当なことを言っていて、僕は反応に困った。ただ、光は左手首に着けたミサンガを大切にしているようだし、そもそもジンクスなんて気持ちの持ちようが大事で、光がそう思うならそれでいいんだろう。
「実は私、幼い頃に両親が亡くなって、しばらくの間、施設で暮らしていたんだよね。それで、毎年施設でクリスマスパーティーをしていたんだけど、十年ぐらい前に、このミサンガをプレゼントされたの」
光の表情は笑顔だった。でも、話していることは笑顔で話すような内容に感じられなくて、僕は反応に困った。それは僕だけでなく、月と嵐も同じなのか、微妙な表情になっていた。
「そんな顔しないでよ。私の両親、周りに結婚を反対された駆け落ちカップルだったみたいで、今は金持ちの祖父母に引き取られて、何不自由ないどころか、一人旅なんて自由なことをさせてもらえているから」
「その話、本当なのか?」
「嘘か本当か判断するのは、みんなに任せるよ。それで話を戻すけど、ミサンガをプレゼントされた後、パーティーの最後で弾き語りをやってくれた人がいたのね。その演奏は、お世辞にも上手と言えないというか、何なら下手だったんだけど、何か心に残ったんだよね。それで、私は元々歌手になりたいって何となく思っていたんだけど、その人みたいに、人の心に残る歌手になりたいなって思うようになったの」
そこで、光は何だか照れくさそうに笑った。
「まあ、何てことない、ありきたりな夢だけどね」
「いや、いい夢だと思うぜ!」
「はい、私も素敵だと思います!」
僕だけは上手く言葉を返せなくて、そのまま黙っていた。
「でも、最近は色々と思うところもあって、どうしようか揺れているんだよね。インディーズだけど、歌手というかボーカルとして、普段からちょっとしたライブをする機会はあるし、彼氏もいて幸せなんだけど、天才の私ならもっとできることがあると思うし、現状維持でいいのかなって疑問を感じたの。だから、少しこれまでの活動から離れて、私自身のことを見つめ直そうと、旅を始めたんだよね」
自分を天才と言ったことを除けば、光の言葉は考えさせられるというか、そこまで本気で何かを目指した経験がないし、何とも言えなかった。それは僕だけじゃなくて、月と嵐も一緒のようで、二人とも黙っていた。
そんな時、料理が来たから、それで自然と話題が変わり、他愛もない話になった。でも、僕は光の言葉がずっと引っかかり続けた。
それから食事を終えると、嵐に車で送ってもらった。
「じゃあ、また学校でな。光ちゃんも、また遊びに行こうぜ」
「太陽さん、光さん、おやすみなさい」
しばらく光はうちの民宿に泊まるわけで、僕と一緒に車を降りた。そして、嵐は月の家に向かって、また車を走らせた。
「太陽君、今日は楽しくなかったかな?」
二人きりになったところで、光が急にそんなことを聞いてきた。
「何でそんなことを聞くんだよ?」
「何でって、ずっと作り笑顔だったからだよ」
光はすべてを見透かしたかのような顔で、そんなことを言ってきた。僕は、一瞬どう答えようか迷いつつ、返す言葉を探した。
「作り笑顔かどうかなんて、普通わからないだろ」
「普通わかるよ。太陽君、ずっと下を向いてばかりで、何か悩んでいること。そんな太陽君に月ちゃんと嵐君がずっと気を使っていること。どっちもはっきりわかったよ」
僕だけでなく、月と嵐のことまで指摘されて、また色々と思うところがあった。僕は光の指摘通り、本来の笑顔になれていないと思うし、それは作り笑顔というものだ。
「私は、私が今持っている悩みを話したよ? 太陽君も、話してくれていいんじゃないかな?」
光はそう言った後、僕の顔を観察するようにじっと見た。あからさまなほど、光は僕のことを詮索してきている。今日は光から悩みのようなものを聞いたし、そのお返しじゃないけど、僕の悩みを光に話すという選択肢も生まれた。でも、僕の考えは変わらなかった。
「僕は別に悩んでいないし、今日も楽しかったよ」
「……それなら良かった。じゃあ、おやすみ」
思いのほか、あっさりと光は引いてくれた。それを見て、僕は色々と話すべきだったんじゃないかなんて考えも生まれたけど、そんなものは無視して、自分の部屋に向かった。