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♪02 間違った常識

 常識というのは、単にみんなが正しいと思っていることだ。だから、みんなの認識が間違っている場合、間違った常識というものが生まれてしまう。はたして、この世の中にある常識のうち、間違っているものはどれだけあるだろうか。そんなことを誰かが言っていた気がする。

 ただ、僕は少し違う考えだ。実際に間違っていたとしても、みんなが正しいと思うことに従っていれば角は立たない。だから、常識に従うことは正しい。それが僕の考えだ。

 だから、正直なところ今は一人でいたいなんて気持ちもあるけど、みんなとの時間を大事にした方がいいという常識に従っている。

 今日、バーベキューを行うのは、近くにある何てことない河原だ。僕を含め、一般的に田舎と言われる場所に住んでいる人達にとって、近くにある何てことない河原でバーベキューをするというのはよくあることで、常識の一つだ。ただ、都会に住む人にとっては、バーベキューができる河原というのは、珍しいものかもしれない。

「太陽、今日も来てくれて、ありがとな!」

 あらしは笑顔でそう言ってくれた。

 今回のバーベキューを企画したのは、嵐だ。嵐は普段からこうして、人を集めては何か企画することが多い。そして、最近は毎回のように僕を誘ってくれる。僕なんか誘ったところで楽しくないはずなのに、いつも笑顔で迎えてくれる嵐には感謝しかない。

 嵐の企画する集まりに参加するようになったのは、丁度一年ぐらい前からだ。こうして色々な人とかかわるのは苦手で、なるべく避けていたけど、無理やり誘われて参加したことがきっかけだったかと思う。それから、こうした集まりには参加した方がいい――言い換えると、常識として人付き合いは大事にするべきと判断して、参加するようになった。

「まあ、今は特にすることもなくて暇しているし、誘ってくれてありがとう」

「いや、ホント太陽は付き合いが良くて助かるぜ。月ちゃんも来てくれてありがとな」

「あ、いえ……」

 月も、こうした集まりがあまり得意じゃないようだ。それなのに、こうして集まりに参加しているのは、僕と同じで、常識に従っているからだろう。

 今日集まったのは十人ほどだ。とりあえず、火を起こさないと何も始まらないので、まずは男性陣で火起こしを始めた。

 途中で交代しながらだったけど、種火をつけた後、とにかくうちわで扇ぎ続けたから、すっかり汗だくになった。でも、その甲斐あって、しっかり火を起こせた。

「太陽さん、お疲れ様です」

「ああ、ありがとう」

 月が冷えたスポーツドリンクを持ってきてくれて、ありがたく受け取った。

「大変でしたね」

「おかげで腕が痛いよ」

 でも、これで火を起こせたわけで、後は肉や野菜を焼くだけだ。なので、酒も飲もうということで、僕はビールを受け取った。一方、月は酒が飲めないそうで、ウーロン茶をもらっていた。

「それじゃあ、乾杯!」

 嵐の号令で、みんなで軽く缶やペットボトルをぶつけた後、思い思いに酒を飲んだり、肉や野菜を焼いて食べたりといった時間が始まった。

「ほとんど太陽が火を起こしてくれたようなもんだし、本当にありがとね」

「いや、感謝する相手は企画してくれた嵐だよ」

「てか、嵐はむしろ何もやってないから、役立たずだし」

「おい、そんな言い方はねえだろ!」

 話しかけられれば返事をするし、こちらから話しかけることもある。周りから見れば、僕は仲間達に囲まれた幸せ者かもしれない。

 でも、そうして話している相手のことを、僕は全然知らない。ここにいる人の中で、名前を知っている人ですら月と嵐ぐらいで、他は名前すら覚えていない。それでも、こうして適当に雑談するというのが、常識だと僕は思っている。

 みんな、自分のことを知ってほしいと思いつつ、結局のところ、お互いによく知らないまま付き合いをする。これが普通で、常識だ。

 こう言うと、そんなことないと否定する人がいるだろう。でも、それはその人が知った気でいるからだ。ずっと一緒にいるんだから、全部じゃなくても、自分は相手のことを知っている。そう考える人がほとんどなんだろう。

 でも、実際のところはそうじゃない。幼い頃からずっと一緒にいて、お互いに何でも知っていると思っていた人が僕にもいたけど、その人は突然いなくなってしまった。それ以降、人を知ることはできないし、自分のことも知ってもらえないものだと割り切った。

 お互いに何も知らないのに、知った気になって一緒にいる。それが人付き合いかというと、間違っていると思う。ただ、それが常識だというなら、とりあえず合わせればいい。誰かが何か喋れば、とりあえず相槌あいづちを打って、笑っておけばいい。それが僕なりの人付き合いというものだ。

「でも、太陽はいつも来てくれて、ホント助かるぜ」

「だから、別に暇だから来ているだけで……」

 ふと、一人でいる月の姿が目に入って、僕は焼けた肉をいくつか皿に乗せた。

「それ、俺が育てた肉だぜ?」

「早い者勝ちだよ」

 嵐の文句を無視して、僕は一人でいる月の方へ行った。

「スポーツドリンクのお返しに、肉を持ってきたよ」

「あ、ありがとうございます。すいません、こんなことしてもらって……」

「そんな気使わなくていいよ」

 月のことも、僕はよく知らない。僕は苦手でも人付き合いというものを割り切ってしているけど、月は本当に人付き合いが苦手そうに見える。僕以外の人と話しているところをほとんど見ないし、今日もどうして来たんだろうかと疑問しかない。

 ただ、そんなことを言うと角が立つだろうし、黙っておいた。こうして、自分の考えや疑問をそのまま口にしないというのも、僕は常日頃している。だから、僕は月のことを知らないし、月も僕のことを知らなくていい。そういうものだ。

「太陽さんは、何で今日参加したんですか?」

 そんな風に考えていたら、月の方から僕が聞きたい質問をしてきた。

「えっと、単に来たいと思ったからかな。むしろ、月は何で参加したんだ?」

「あ……私も太陽さんと同じ理由です」

 僕だけでなく、月も含めて、お互いに本心を話していないと感じただろう。素直じゃないとか、気持ちを隠すとか、こういうことをするのも、人付き合いをするうえで大事だ。だから、深く詮索しないでおいた。

「ほら、肉が冷めるよ」

「あ、そうですね。いただきます」

 月は肉を口に入れると、今まで見せたことがないほどの笑顔を見せた。もしかしたら、月は肉が大好きなのかもしれない。

 そして、こうしたことを改めて思う辺り、やっぱり僕は月のことを何も知らないと実感した。

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