♪01 退屈な毎日
2021年10月10日(日)
この国、この世界で生きている人のうち、退屈な毎日を送っている人は、どれぐらいいるだろうか。何の根拠もないけど、恐らく半分以上の人が退屈な毎日を送っているんじゃないかと思う。そんなことを誰かが言っていた気がする。
少なくとも、僕は退屈な毎日を送っている一人だ。
平日は大学に通い、しっかり単位も取っている。サークルには入っていないけど、友人から誘いがあれば、遊びに行ったり、飲みに行ったりしている。
ただ、今は大学三年生で、そろそろ就職活動の準備を始めないといけない時期なのに、今のところ何もしていないというか、自分が何をしたいのか未だにわからなくて、答えを保留にしている状態だという問題はある。とはいえ、周りのみんなも僕と似たような感じで、答えを保留にしている人ばかりだ。それはつまり、みんな僕と一緒で、特に何をしたいのか見つけられていないということなんだろう。
将来の夢とか、そんなことを考えていた時期もあったと思う。でも、いつからか現実を見るべきだと気付いて、夢を見なくなった。そうなったきっかけは思い出せないけど、きっとこれが正解なんだろう。
「太陽、月ちゃんが来たわよ」
ドアをノックする音と一緒に、母さんの声が聞こえた。
「ああ、わかった」
今日は、友人とバーベキューをする約束をしている。僕は鏡で寝癖がないことを確認した後、首に手をやって、鎖の感触を確かめた。そして、どちらも問題ないことを確認すると、部屋を出た。
「今日も手伝えなくて、ごめん」
「別に気にしないで」
僕の家は、民宿も兼ねた飲食店をやっている。ただ、普段は単なる飲食店として利用されることが多く、誰かが泊まるというのは珍しい。それでも、泊まりがけで打ち上げをしようなんて人達が定期的に来るから、その人達のために、ひっそりと民宿も続けているといった形だ。
ここは、祖父母の代からあるようで、僕の両親がそれを継いだ形だ。だから、はっきりと言わないものの、両親としては僕にここを継いでほしいなんて願いがあるようだ。
僕としては、別にそこまでの思い入れがあるわけじゃないけど、両親が強くお願いしてくるなら、継いでもいいかなといった考えだ。言い訳になるかもしれないけど、こうしたこともあるから、そこまで就職活動に専念していないというのもある。
玄関を出るところで、父さんがいた。
「出かけるのか?」
「ああ、友達とバーベキューに行ってくるよ」
「そうか……」
父さんは少しだけ間を空けた後、気を使うような雰囲気で口を開いた。
「太陽、いい気分転換になっているか?」
「……まあ、それなりに」
「それなら良かった。太陽は、太陽の好きなように過ごせ」
両親は時々手伝いをするように言うぐらいで、最終的には今回と同じように「太陽は、太陽の好きなように過ごせ」と言われて終わる。だから、僕はただ適当に退屈な毎日を過ごし続けているわけだ。
「じゃあ、行ってきます」
ちょっとした罪悪感を持ちつつ出かけることに最初は抵抗があったけど、繰り返すうちに、すっかり慣れてしまった。
外に出ると、笑顔の月が待っていた。月と書いて「ルナ」と読むという、なかなかインパクトのある名前で、僕だったらそんな名前を付けた両親を恨んでいただろう。でも、当の本人は、みんなから覚えてもらいやすい名前だから嬉しいなんて言っていて、感じ方は人それぞれなんだなと思った。
「太陽さん、こんにちは!」
「ああ、こんにちは。というか、そんな恰好でいいのか?」
月が真っ白なワンピースを着ていたので、思わずそんな質問をした。すると、月は不安げな表情で自分の恰好を確認した。
「変でしょうか?」
「いや、変じゃないけど、今日はバーベキューだし、汚れとか気にならないか?」
「あ、確かに……でも、太陽さんに見せたい服だったので……」
「は?」
「あ、何でもないです! 汚れないように注意するので、大丈夫です!」
「いや、それは焼くのとか全部周りに任せるって意味か?」
「……できることはやります!」
月とは元々家が近くて、中学も一緒だったようだ。ただ、クラスが一緒になることもなかったし、お互いに話す機会どころか、印象に残ることすらなかった。
そんな月と初めて話したのは、大学に入った後、友人達の集まりに参加した時のことだ。その集まりで月に話しかけたのは僕じゃないけど、その時会話したことが、今こうして一緒にいるきっかけになったのは間違いない。
「とりあえず、遅刻しそうだから行くか」
「はい、行きましょう」
今日、集まる場所は徒歩で行けるほど近くだから、それぞれ別々で行くこともできる。それなのに、わざわざ月が迎えに来てくれたのは、僕に気を使ってのことだと思う。
でも、それを口にすると、きっと気まずい空気になるだろう。だから、僕は何も言わなかった。