♪00 遠い昔の思い出
以前連載していた「俺とガミさんの365日」を本当の意味で完結させてから、丁度十年後。
十年前と同じ場所を舞台にした、新しい物語を一週間ほどの短期連載で描きたいと思います。
2020年10月18日(日)
「今年の祭りも楽しかったね!」
僕の前で、空はスキップするように飛び跳ねている。動きづらい浴衣姿で、下駄も履いているし、危ないと思いながら見ていたら、案の定、転んでしまった。
「いたた……」
「たく、空は本当にアホだな。そんな恰好で動き回るなよ」
「だって、ホントに楽しかったんだもん」
空は立ち上がると、浴衣を軽くはたいた。
「今年のライブも盛り上がったね」
祭りの中のイベントとして、毎年アマチュアバンドが何組かライブを行っている。ただ、この後何を言われるかわかっているから、僕はこの話題を避けたかった。
「……ああ、そうだな」
「来年こそは、私達もライブやろうよ!」
空の言葉は、僕の予想通りだ。
約十年前――正確には九年前、今日と同じようにライブを見た時、僕と空はすごく感動した思い出がある。アマチュアの演奏だから、決して上手じゃなかったし、当時の僕達は小学生で、音楽の良さなんてわかる歳でもなかった。それなのに、あのバンドの演奏は今も覚えている。
それだけなら良かったけど、空は自分もあんなライブをやりたいと強く願い、何故か僕も一緒にやることになった。しかも、僕の名前が太陽なので、太陽と空で「サンスカイ」なんていう適当な名前のユニットを作られて、すっかり逃げづらい状況になってしまった。
でも、僕は今のところライブをやる気なんてないし、それはこの先ずっと変わらないだろう。
「いつも言っているけど、僕達なんかじゃ、まだ実力不足だよ」
「そんなことないよ! アイキャンドゥーイットナウだよ!」
空はいつも、"I can do it now"と口癖のように言っている。空曰く「今だからこそできる」とか、そんな意味で使っているそうで、座右の銘みたいなものなんだろう。
ただ、僕は空とまったく違う考えを持っている。
「今はまだ無理だよ」
「そんなことないってば! 太陽は、もっと理想を持つべきだよ!」
「反対に、空はもっと現実的に考えるべきだよ。現実的に考えて、僕達がライブをやるなんて、無理に決まっているだろ」
僕がこう言うと、いつも空は諦めてくれて、今のところライブをやらずに済んでいる。ただ、今日はいつもと違った。
「現実的な理想って何さ?」
空は少しだけ怒った様子で、そんなことを言った。こんな風に返されるのは初めてのことで、少し驚いてしまった。
「いや、だから……空の言う通り理想も大事だけど、現実的に考えて実現できそうなことを……」
「私は太陽と一緒なら、できると思ってるよ!」
「でも、練習だってろくにできていないし、そもそも何の曲を演奏するんだよ? コピーをやるにしても完成度が低いだろ?」
「練習はこれからもっともっとすれば大丈夫だよ! 曲も私達で作ろうよ! それで、来年は私達も絶対ライブやろうよ! それだけじゃなくて、もっともっと色々なこともしようよ! できることは全部やろうよ!」
ここまで強く言ってくるのも、初めてのことだ。同時に、僕は違和感を覚えた。
「何かあったのか?」
僕の質問に、空は一瞬だけ困ったような表情を見せた後、すぐにまた笑顔になった。
「べ、別に……大したことじゃないよ」
「大したことじゃないなら、話してくれていいだろ?」
「うん……そうだね」
空は少しだけ間を空けた後、口を開いた。
「この前、具合が悪くて病院で診てもらったんだけど……私、癌になっちゃったみたい」
笑顔のまま、空はそう言った。
一瞬、空が何を言ったのか、僕は理解できなかった。でも、思い返してみれば、空が病院に行ったという話は聞いていた。検査のためといって少し入院していたし、どこか悪いんじゃないかとか、今日の祭りに来られるのかとか、多少の心配はしていた。
でも、今日こうして祭りに空が来て、元気そうにしているのを見た時、いらない心配だったんだろうと勝手に思っていた。
「……治るんだよな?」
「お医者さんからは、余命半年だなんて言われちゃったんだよね」
「は?」
「でも、大丈夫だよ! 私は気合で絶対治すから!」
その言葉が、単なる強がりのように聞こえて、僕は何も言えなかった。そんな僕を心配させたくないようで、空は笑顔のまま、僕の手をつかんだ。
「そんな顔しないでよ! 絶対治して、来年は一緒にライブやろうよ! アイキャンドゥーイットナウだよ!」
そんな空を見て、僕に言えることは一つだけだった。
「わかった。来年こそは一緒にライブをやろう。約束するよ」
僕の言葉に、空はこれまで以上の笑顔を見せた。
「うん、絶対約束だからね!」
空の言葉を受けて、僕は何か言おうとしたけど、言葉が浮かんでこなくて、ただうなずくことしかできなかった。
あれから約一年が経った。
あの時のことは、今の僕にとって、遠い昔の思い出のようだ。