表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

♪00 遠い昔の思い出

 以前連載していた「俺とガミさんの365日」を本当の意味で完結させてから、丁度十年後。

 十年前と同じ場所を舞台にした、新しい物語を一週間ほどの短期連載で描きたいと思います。

2020年10月18日(日)


「今年の祭りも楽しかったね!」

 僕の前で、そらはスキップするように飛び跳ねている。動きづらい浴衣姿で、下駄も履いているし、危ないと思いながら見ていたら、案の定、転んでしまった。

「いたた……」

「たく、空は本当にアホだな。そんな恰好で動き回るなよ」

「だって、ホントに楽しかったんだもん」

 空は立ち上がると、浴衣を軽くはたいた。

「今年のライブも盛り上がったね」

 祭りの中のイベントとして、毎年アマチュアバンドが何組かライブを行っている。ただ、この後何を言われるかわかっているから、僕はこの話題を避けたかった。

「……ああ、そうだな」

「来年こそは、私達もライブやろうよ!」

 空の言葉は、僕の予想通りだ。

 約十年前――正確には九年前、今日と同じようにライブを見た時、僕と空はすごく感動した思い出がある。アマチュアの演奏だから、決して上手じゃなかったし、当時の僕達は小学生で、音楽の良さなんてわかる歳でもなかった。それなのに、あのバンドの演奏は今も覚えている。

 それだけなら良かったけど、空は自分もあんなライブをやりたいと強く願い、何故か僕も一緒にやることになった。しかも、僕の名前が太陽たいようなので、太陽と空で「サンスカイ」なんていう適当な名前のユニットを作られて、すっかり逃げづらい状況になってしまった。

 でも、僕は今のところライブをやる気なんてないし、それはこの先ずっと変わらないだろう。

「いつも言っているけど、僕達なんかじゃ、まだ実力不足だよ」

「そんなことないよ! アイキャンドゥーイットナウだよ!」

 空はいつも、"I can do it now"と口癖のように言っている。空曰く「今だからこそできる」とか、そんな意味で使っているそうで、座右の銘みたいなものなんだろう。

 ただ、僕は空とまったく違う考えを持っている。

「今はまだ無理だよ」

「そんなことないってば! 太陽は、もっと理想を持つべきだよ!」

「反対に、空はもっと現実的に考えるべきだよ。現実的に考えて、僕達がライブをやるなんて、無理に決まっているだろ」

 僕がこう言うと、いつも空は諦めてくれて、今のところライブをやらずに済んでいる。ただ、今日はいつもと違った。

「現実的な理想って何さ?」

 空は少しだけ怒った様子で、そんなことを言った。こんな風に返されるのは初めてのことで、少し驚いてしまった。

「いや、だから……空の言う通り理想も大事だけど、現実的に考えて実現できそうなことを……」

「私は太陽と一緒なら、できると思ってるよ!」

「でも、練習だってろくにできていないし、そもそも何の曲を演奏するんだよ? コピーをやるにしても完成度が低いだろ?」

「練習はこれからもっともっとすれば大丈夫だよ! 曲も私達で作ろうよ! それで、来年は私達も絶対ライブやろうよ! それだけじゃなくて、もっともっと色々なこともしようよ! できることは全部やろうよ!」

 ここまで強く言ってくるのも、初めてのことだ。同時に、僕は違和感を覚えた。

「何かあったのか?」

 僕の質問に、空は一瞬だけ困ったような表情を見せた後、すぐにまた笑顔になった。

「べ、別に……大したことじゃないよ」

「大したことじゃないなら、話してくれていいだろ?」

「うん……そうだね」

 空は少しだけ間を空けた後、口を開いた。

「この前、具合が悪くて病院で診てもらったんだけど……私、癌になっちゃったみたい」

 笑顔のまま、空はそう言った。

 一瞬、空が何を言ったのか、僕は理解できなかった。でも、思い返してみれば、空が病院に行ったという話は聞いていた。検査のためといって少し入院していたし、どこか悪いんじゃないかとか、今日の祭りに来られるのかとか、多少の心配はしていた。

 でも、今日こうして祭りに空が来て、元気そうにしているのを見た時、いらない心配だったんだろうと勝手に思っていた。

「……治るんだよな?」

「お医者さんからは、余命半年だなんて言われちゃったんだよね」

「は?」

「でも、大丈夫だよ! 私は気合で絶対治すから!」

 その言葉が、単なる強がりのように聞こえて、僕は何も言えなかった。そんな僕を心配させたくないようで、空は笑顔のまま、僕の手をつかんだ。

「そんな顔しないでよ! 絶対治して、来年は一緒にライブやろうよ! アイキャンドゥーイットナウだよ!」

 そんな空を見て、僕に言えることは一つだけだった。

「わかった。来年こそは一緒にライブをやろう。約束するよ」

 僕の言葉に、空はこれまで以上の笑顔を見せた。

「うん、絶対約束だからね!」

 空の言葉を受けて、僕は何か言おうとしたけど、言葉が浮かんでこなくて、ただうなずくことしかできなかった。


 あれから約一年が経った。

 あの時のことは、今の僕にとって、遠い昔の思い出のようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ