第6話 大魔道士
雑用係Aが持って来たトレーには粗末なパン切れと水が置かれていた。
「たったこれだけ?」
「ごめんなさい。
人質には、飢え死にしない程度の水と食事しか与えるなって言われてて」
何だか気の弱そうな奴だな。
ちなみに、今のところ男か女なのかすら分からん。
「ありがとう
それでお前、名前は?」
「クリス…」
とりあえず俺は渋々、小さなパン切れを口に放り込んだ。
「クリス。
それで、お前は何でこんな小悪党の下っ端なんかやってるんだ?」
「何でって、言われても…」
「何だ?お前は自ら悪党になりたかったのか?」
「いや…違います。
実は子供の頃から、世界中を旅する冒険者に憧れてて。
2年前に故郷の田舎を出て、
それからこの港町スージーにやってきたんだけど、最初お金もなくて。
その時、酒場で働いていたら、
このレオポルドファミリーのメンバーに声をかけられたんです。
でも、組織に入って分かったんですけど。
まさか、こんな人身売買を生業にしてる様な人達だとは知らなくて…。
今思えば、本当に後悔してます」
「何だ?嫌だったら、とっとと、逃げちまえば良いじゃないか?」
「それが、組織に入会した時、履歴書を書かされて。
そこに、故郷の村や両親の名前も全部書けって言われたから
その…。
言われるがままに全部書いちゃって
逃げるに逃げられない状況なんです……」
この組織の連中は、基本馬鹿しかいないのか?
そんな、個人情報を書けと言われて、はいそうですかで書く奴が他にもいるのか?
しかし、この子…。
こんな、どう見てもグレーな就職先に家バレ情報まで、あっさり書いてしまうなんて、この子、相当ヤベェんじゃないか。
正に絵にかいたようなグレる転落人生……御両親の苦労が伺える…。
「それで、2年も雑用係をやらされてる訳か。
その調子じゃ出世もしてないみたいだが」
「その…レオポルドファミリーは。
武闘派集団で有名で、完全な実力主義なんです。
組織に加わると、最初に『魔力板』を使って魔力値の測定がされるんです。
それで、組織の役職の振り分けがされるんです。
だから魔力値の低い者は、ずっと出世できないシステムなんです」
【魔力板】だと?懐かしいな!
魔力板いえば昔、俺が作った玩具の一種だ。
俺は、世界中の重要人物の魔力値を把握したいといった意向から、最初に【魔力鏡】という、魔力値を正確に測定出来る魔道具を発明した。
何故、魔力値なのかというと、魔力値というのは非常にわかりやすく、魔術師は勿論の事、
例えば、魔法を使わない剣士や武道家においても、魔力は力の源であり魔力によって肉体を強化して戦うのである。
だから、この世界において魔力値こそが力そのもので強さを示す指標なのである。
そこで俺は単純に魔力値の高い将来脅威になりうる人間を数値で把握しておきたかったのである。
しかし、魔力鏡という魔道具は、すこぶる高性能で、いかなる強大な魔力値すら正確に測定できる傑作であったが製作にかかる手間やコストは勿論の上、製作の際に 大量の魔力や技術が必要だった為、俺自ら製作に携わらなくてはならないので大量生産には向かなかった。
それではもし、世界のどこかに隠れた驚異的な魔力量を持つ者がいたとしても、見つけ出す事には無理があった。
そこで俺は簡易に作れて大まかな魔力量を測定できる、ある玩具を考えた。
それが魔力板である。
こいつは構造が非常に単純で、ある程度の魔道具職人でも比較的簡単に生産でき、各国各地に配布する事が出来たのだ。
測定方法も色判別するので感覚的に把握しやすく魔力板に両手をかざすだけで、板の色が変化して、総魔力量の数値を大まかに測定できる。
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例えば
白 100未満
青 100以上150未満
緑 150以上200未満
黄 200以上500未満
赤 500以上1000未満
黒 1000以上5000未満
金 5000以上、測定不能
■
と読み取ることが出来る。
ちなみに当時の魔力量の平均値でいうと、黄色は国家騎士、魔道士レベル。
赤以上は世間でいうと国家騎士団長、宮廷魔術師及び化け物クラスらしい。
最も、その程度では当時の俺からすれば、脅威になるような存在ではなかったが。
しかし、もし将来俺の存在を脅かすような判定『金』が出た場合俺に報告するというシステムをひいていた訳だ。
しかし結局は黒以上の判定が出る者すら、各国の魔導士、軍隊の要職、司令官にすらにいなかった訳だが。
「それで、お前は何色判定が出たんだ?」
「えっと…。
僕は何か、板が真っ黒になったんです。
こんなのは見たことない。
これはきっと出来損ないだろうって組織の人から笑われて。
お前は、一生、雑用係決定だなって言われたんです…」
「まっ黒!?」
え、今『黒』って言った??
こいつもしかして?
魔力量だけで言ったら、国家間抗争にすら影響を及ぼしうるレベルの存在なのでは…。
何?今どきの奴らは魔力板判定『黒』を知らないのか?
まあ……そうかも知れない。
一般人からエリート騎士を見回しても、青~黄色までで、ほぼ収まる範囲だ。
特に俺は『取扱説明書』を配布していた訳じゃあないし。
黒判定なんて知らない人間が殆どでも、なんら不思議じゃない。
いや……ちょっと待てリッキー。
落ち着くんだリッキー・リード…。
もしかしたら、この現状を打開する糸口が見えてきたのかも知れない!
「おい!クリス!ちょっと聞いてくれ!」
「どうしたんですか??」
「お前、強くなりたいか?
少なくとも、この組織を抜け出して
冒険者になれる事ぐらいは俺が保証する!」
「僕が冒険者に!?
でもどうやって?」
「子供の姿をしているが、俺は実は世界的な大魔道士だ!!
証拠にクリス、今から、お前の潜在能力を引き出してやる。
その力で、まずはこの組織を壊滅させて自由を手にするんだ!!」
「えっ、あなたが大魔道士?
僕がレオポルドファミリーを?
話がいきなりすぎて
ちょっと、信じられないですよ……」
「大丈夫だ!
いいか、俺の言う通りにすればお前に力と
冒険者としての未来を約束してやる!!」
クリスは考え始めた。
頼む信じてくれ……。
「分かりました。大魔道士様。
お願いします!」
「よく言った、クリス!
今から、お前の人生を激変させてやる」
俺はクリスの額に手をかざした。
そして、念力を込めるようなふりをした。
ちなみにこの儀式には何の意味もない、言わばハッタリである。
「お前、ちょっと手の平を前に出してみろ」
「手のひらを?
何でですか?」
「いいから。
そしたらこう唱えてみろ……」
これは俺が昔よく使ってた、魔力増幅の呪文である。
魔力消費は大きくなるが、一時的に魔力をブーストして瞬間的に魔力を向上させる事が出来る。
もっとも、魔力量が絶対的に少ない輩、具体的には大体魔力量500以下の奴がこれをやると一瞬で魔力が枯渇して枯れ木の様になってしまうのだが、クリスの魔力は少なく見積もっても1000以上。
おそらく魔力の放出を見ただけで、一般人はビビッて失禁するレベルだろう。
「精霊たちよ、
我の魔力をささげよう……
我が魔力を糧に我に力を与えたまえ」
≪ボン!!!!≫
地響きとともに壁に亀裂が走った!!
鳥肌が立つほどの魔力量である…。
こ、こいつ!!!!
魔力量1000どころじゃない!!!
魔力量5000近く!
いや、それ以上あるぞ……。
もしかして魔力板を使った2年前よりさらに魔力アップしているのか?
ということは今は『金』以上!!
この世界には今、こんな奴が生まれているのか……。
「凄い!これって本当に僕の力なんですか!?」
「そうだ、お前は今、
帝国一個大隊並みの魔力を得たんだ」
≪バン!!≫
すぐに倉庫の扉が蹴破られた。
「なんだ!!!何が起こった!!クリス!」
隣の部屋からレオポルドファミリーの連中が飛び込んできた。
「アレッシオさん、
僕は、もう、奴隷商の手下ではいたくないんです!
組織を抜けさせて下さい!」
「はっ??
こいつ何言ってんだ?
クリスの馬鹿がまた訳の分からん事言ってるぞ。
しかし何だこの地響きは!
一体何が起こってるんだ!?」
「おいクリス。
俺の言うとおりに、こう唱えてみろ」
俺はクリスに耳打ちをした。
クリスは静かに頷き詠唱をはじめた。
「偉大なる大気の聖霊よ。矮小なる我に力を与えたまえ……
すべてを消し去る炎よ、敵を殲滅せよ」
『バースティングファイア』
閃光と共に大爆発が起こりレオポルドファミリーの倉庫を吹っ飛ばしたのであった。
うん、次からは手加減を覚えさせた方がいいな……これ以上強くなったら町ごと吹っ飛ばしかねない。
しかし、これだけ派手にぶっ壊せば、もはやクリスが逃げたかどうかすら分からんだろうな。
「師匠!!!すごいです!!
是非、師匠のお名前を教えて下さい」
「えーっと、俺の名前は、
リッキー・リード
古の大魔道士だ」
こうして俺は凄腕のボディーガードを手に入れた。
To Be Continued….