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バランスを取りたい

作者: 炙り暗器

短編です



「やはりこれは異世界転生というやつなのでしょうか」



その不思議な部屋は光の粒子で出来ていた。

キラキラと光りながらゆっくりと消えていくそれで柱も、僕が座っている椅子も全部光で構成されているみたいだ。

壁はなく、宇宙みたいなただ深い闇の空間が広がるだけ。

目の前には女神様。

女神だと自己紹介があったわけじゃないけど、この人は女神様だ。とにかく美人。

それに造形が美しいだけじゃない、本能に直接圧力がかかっているみたいで直視するのもしんどいくらいの神々しさがあって、偽物だとか夢だとか疑問なんて一切湧かない。


「ええっとぉ、大体そんな感じですねぇ」


柔らかく笑う女神様は威圧的でなくフレンドリーな雰囲気で、美人を前にガチガチになっていた僕の緊張もゆっくりと溶かしてくれる。


「わかりやすく言うとですねぇ、剣と魔法のファンタジーな世界で第二の人生が送れちゃいます」


「はー、めっちゃわかりやすいです」


なるほど、これが噂に聞く転生の女神様だ。




女神様は簡単に、というかかなり大雑把な説明だけしてではさっそく、と手を上げる。


「あ! すみません! 何かこう……チートスキルとかもらえたりしますか? ここまでテンプレだとあるのかなー、なんて……」


途中で恥ずかしくなって最後の方は消え入るような声になってしまった。意地汚い奴だと思われたかも。

あの流れだったら何もなく転生してはいおしまいって雰囲気だったし。

ここまでテンプレなのに、もしかすると忘れているのかもしれないし。


「ほぇ?」


女神様は一瞬何を言っているのかわからないといった表情だったけど、すぐに何か思い当たったようで小さなサイドテーブルにあった紙の束を手元に引き寄せる。


「あるにはありますけど、ちょっとバランスを取らないといけないんです」


「バランス……ですか?」


「その、やっぱり強大すぎる力ををそのまま与えちゃうのはちょっと……」


力には代償を、と小さくつぶやいてふいっと視線を外される。あまりオススメしないといったニュアンス、だと思う。

でも、もしチートがあるならば。

僕は今まで生きてきて勉強もスポーツも、好きなゲームすら得意だと胸を張って言えはしなかった。

ファンタジーな世界はわくわくするけど、このまま僕が生まれ変わったとしても何かできるのかなと思ってしまう。

チートがあれば、きっと――。


「ええと、バランスを取るって例えばどういうことになるんでしょうか。一緒に呪いもかけられるとか……ですか?」


「一応これでも女神なので呪いはないですけど……バランスの取り方は色々ですね。逆にどんな能力が欲しいとかあります?」


「あ、えーっと」


自分から言い出したものの、急に言われると何がいいのかすぐには思いつかない。

ラノベは結構読んでたはずなんだけど、どういうのが強スキルなのかパッと思い出せるものが見つからない。

創作物ならハズレ能力を上手く使いこなして最強になってたりもするけど、僕にそんな立ち回りができるとは思えないし。


「ヒーロー……じゃなくて勇者になりたい、です。すごい魔法を使ったり人並外れた肉体を持ってるとか……そういうのってできたりするのでしょうか」


「なるほど、人並外れた……あ、これなんかどうでしょう。超怪力! 魔王だって鯖折りできるみたいですよ」


紙束をぺらぺらめくっていた女神さまが自信満々に勧めてくる。どっちかというと紙に何が書いてあるのかが気になる。

魔王を鯖折り……?

ともあれ、怪力は何でもできる能力かもしれない。

敵を倒すのはもちろん、重労働だって苦じゃないはずだ。確かにいいかも。


「じゃあその怪力をお願いします」


「はーい、ちょっと待っててくださいね。怪力、怪力、と」


再び手の紙束をめくる女神様。紙の上を滑らせていた繊細できれいな指がぴたりと止まる。


「あ、わかりました。怪力の加護を与える場合は寿命を削りますね」


「寿命ですか!?」


うええ、まさか寿命が代償とは思わなかった。

どれくらい差し出せばいいんだろうか。半分とか?

転生後の寿命がそもそもわからないけど、まあ60歳まで生きるとしたらその半分、30歳。

正直30歳は長いとは思えないけど、太く短くという言葉もある。

そもそも僕は更にその半分程度、ただ短いだけで死んでしまったのだからそれくらいだったら妥協できる、のかな?


「ちなみに、どの程度でしょうか」


恐る恐る聞いてみる。半分より少なければいいんだけど。


「えーとですね、あ、はい。2分です」


「え。たったの2分!? めっちゃお得じゃないですか!! いやーなんかいきなり寿命とか言われたからもっとごっそり削られるのかと思って冷や汗かいちゃいましたよ」


「あの、そうじゃなくて寿命が2分です」


女神様が申し訳なさそうに言う。


「はぁーーーー!? そんな寿命あり得ないでしょ! ほぼ死産じゃん!! 一体どんな人生ですか!」


「どんなって言われても……内容はあんまり教えちゃいけないんですけど、秘密にしてくれるなら教えてもいいですよ?」


結構大きな声を出してしまったけど女神様は一切動じず、さらりと流される。


「怪力を持って生まれたあなたは生まれる瞬間にちょっと力を入れすぎてお母さんのおなかを破って出てきちゃうんですね。

 当然お母さんは死んでしまい、激怒したお父さんがあなたを殺しちゃうんですが……そこまでが2分です」


「なんでいきなりスプラッタ展開になってるんですか! グロいですよ!! そもそもそんな生まれる前から怪力なんかいらないですよ! レベルアップしたら伸びが大きいとかにできないんですか!?」


「む、いいですか? 怪力なんてのは努力以上に素質が大事なんですよ。素質があった上で努力して、そうして残った一握りだけが勇者の資質を持つんです! 勇者舐めないでください」


これ以上ないほどファンタジーな存在にアスリート理論みたいな説教をされてる。

しかも努力しろって言ってるけど努力以前に死んでるし!


「寿命以外で何とかなりません?」


「寿命以外ですか? うーん寿命が一番簡単なんですけど……」


そういってまたぺらぺらと紙束とにらめっこを始める。

ややあって


「そうですね、容姿とかどうでしょう」


「ヨウシ?」


「はい。ブサイクに生まれます」


ブサイクってまた。

でも2分の寿命よりは大分マシかもしれない。

女の子には一生モテないかもしれないけど……。

と、そこまで考えて思いなおす。

さっきの2分の寿命と比べると軽すぎる気がする。絶対おかしい。詳細聞いといた方がいい。


「あの、ブサイクってどのくらいブサイクなんでしょうか。女の子どころかモンスターにもモテないとか?」


「ええと、まあモテる事は無いみたいですね、一生。なぜなら生まれてきたあなたの顔を見て両親は魔物だと思い殺してしまうからです。享年2分ってとこですね」


「さっきと変わってないじゃないですか! というかブサイクなだけ損!!!!」


「まあ続きを聞いてください。あなたは2分で死亡してしまいますが、その遺体は世界一ブサイクな赤子として王宮博物館に永久保存されますね。すごいですよ! 永久保存の魔術が掛けられることなんて滅多にありませんから」


「いらんわ!」


神々しさも忘れて思わずツッコミを入れてしまった。

いや、でもこれは仕方ないというかこれに関しては神様おかしい。僕は悪くない。


「怪力はもういらないです。だから代わりに……うーん何がいいんだろ。魔法があるんだから全属性に適正があるとか? ちょっと世界観わかってないんですけどそういうのありますか?」


「お、中々聡いですね。そういうのってげーむ?の知識なんでしょうか。……ええと、あなたがこれから行く世界の魔法には7つの属性があって、一人が使えるのは基本的に2つか3つなんですよ。全属性を使える人は大賢者くらいですね」


「うっ、そう言われると怪力並みに特別な気がしてきた」


「大丈夫ですよ。確かに同じように天性の素質を与えますけど魔法を使うのってそんなに簡単なものじゃありませんから」


うーん努力次第って事なんだろうか。血の滲むような努力をしなきゃできないとしても魔法が使えるなら頑張れる気がするけど。

ともかく感触としては怪力よりはお安いようでよかった。


「それで寿命以外でお願いしたいです」


「寿命以外ですか。これだったら……うーん」


ちろりと僕を見る。


「何か問題とかあるでしょうか」


「……借金とかあってもいいですか?」


「借金」


能力の代価として借金って事なんだろうか。寿命よりはずっとマシな気がするけど……。


「ちなみにおいくらで?」


「貨幣価値にして大体3億円ってところですねぇ」


「そんなに」


バイトもしたことないからあまり実感がないけど、3億円返済なんてあのまま日本で生きてたとしても宝くじに当たるくらいじゃないと無理なのはわかる。

でも普通の人と違って全属性を扱えるのであれば――例えば王様に庇護されて宮廷魔術師とか、Sランクパーティーに誘われたりとか、それこそ大賢者にだってなれるだろう。

それだったら返済は現実的……なんじゃなかろうか。

でも今までを考えるとちゃんと聞いておいた方がいい。本当にそれだけなのかすごい怪しい。


「借金3億円ってどんな状態なんですか?」


「そうですね、まず生まれは奴隷です」


あ、出た奴隷。確かに3億も借金したらそれはそうだろう。というか3億借金って両親は何しでかしたんだ?


「それで奴隷商人に一生こき使われて生涯を終えます」


「ダメじゃん!!! というか魔法どうしたんだよ魔法は!!!」


「魔法ですか? 魔法は貴族以外に教えられませんし、奴隷にそんな縁はありませんよ?」


「つ、使えない……」


思わず眉間を抑えて背もたれに寄りかかる。

せっかく魔法があるのに使えないんじゃなぁ。


「じゃあ、その、わかりました。勇者は諦めます。中流でいいので貴族の子どもとかになれないでしょうか。せめて魔法だけでも使いたいんで……」


「ええと、ううーん……そうなるとぶさいく」


「ブサイクは無しで!!」


「ええー? ちょっと条件が難しいですよぅ」


「そこを何とかお願いします」


「調べてはみますけど……あ、良縁を犠牲にするのはどうでしょう」


「どんなことになるんですかそれ」


「出会う人が全員殺人鬼になります」


「いらんわ!! というかどういう世界観だよ! 北斗の拳だってそこまでじゃないわ!!」


しばらくやりあったものの、どうしても碌な結果にならない。

バランス取りって言ってたけど、バランスが取れてるようには到底思えないんだけど。

うーんどうすればいいんだろう、と、頭の中を整理するように思わず口に出た。


「もっとこう、なんだろう。どういうのがマシなんだろ? 宝くじに当たるとかそういう金運?

 じゃなくってデメリットができるだけ無いのを選ばないとダメなのか」


暇なのか髪の毛を弄り始めた女神様がぱっと顔を上げる。


「あ。そういうことなら今言った金運なんかデメリットはそこまでじゃないですよ」


「え、本当に!?」


先に教えてほしかった。いやマジで。


「はい。かなり特殊なスキルなんですけど、排せつ物が黄金に変わるんです」


「はい?」


神々しく美しい口からなんか思いがけない言葉が出た気がする。


「え、もう何度も言わせないでくださいよぅ。私女神なんですよ?

 だから、その、トイレに行く度に黄金が手に入るスキルです。もちろん万年切れ痔なんですけど。これが本当の金ウン、なんちゃって」


「やかましいわ!」


ドヤ顔の女神の頭を、僕は思いっきりはたいた。



***



「わかりました。わかりましたよ。もう普通でいいです。何もなければマイナススタートも無いんですよね?」


結局のところ。

チート能力はあったところでマイナス要素によって完全に相殺されることだけはわかった。

さっきの金運で出た黄金も誰も買い取ってくれないみたいだし。


「それは一応、そうですね。平均を取ったわけではないですけど生まれてすぐ不幸になるようなことにはならないと思います」


女神様は頭をはたいたことに関しては怒ってないようでよかった。でもあれも僕は悪くないと思う。


「はぁ。もう一度人生を生きられるだけでも幸運って事なのかなぁ。それだったらファンタジーじゃなくてまた日本に生まれた方が良い気もするけど」


「ふふ、確かにそうかもしれませんが、こっちの世界だってそんなに悪いものじゃないですよ?」


いたずらっぽく笑う女神様は美しい。

死んだ後にこんな疲れるやりとりをするとは思わなかったけど、まあ、生きてたら絶対に出会えないようなすごい美人と会話したこともプラスにしとこうかな。


「普通に生まれた場合って何かこう、どうなるみたいなのってあるんですか?」


女神さまの持つ紙束。アカシックレコードみたいなものだと思うんだけど、これからの人生の指針になるのであれば聞いてみたい。


「それは私にもわかりません。私が手を加えてしまうとどうしても波紋が生まれてしまい、それを抑えるための力が働いてしまいますが。普通に生きる人は自分で運命を切り開いていきますから」


「……はい」


女神様の手にあった紙束が光の粒子になってゆっくりと消えていく。

ああ、まあそうか。きっと女神様にすごい力はあるけど、それはそれとして世界だって生きている。

女神様でもなんでもかんでも干渉できるわけじゃないし、世界だって異物を放り込まれたら排除しようとするんだ。


「もう一度確認します。裕福でもなければ不幸でもない家の子として生まれ変わる、それでいいですね?」


「はい」


「では、あなたの未来に祝福を。頑張ってください。諦めなければきっと勇者にだって――」


女神様の声は最後まで聞き取れなかった。だけどわかる、きっと見ていてくれるんだと。

部屋を飛び交っていた光の粒子が一斉に、眩いほどに輝いてすべてを覆いつくす。

そして僕の意識はどこか深い場所へ落ちていって――世界の片隅で小さな産声を上げた。






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