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闇夜の森を駆ける。
まるで身体が生まれ変わった様だ。風を切り裂くようにグングンと走れる。
50mを5秒程のペースで走り続けているが疲れない。
『良いねェ!良いねェ!!良い感じだァ!やっぱ思惑通り最高だぜェ!!!』
相変わらず煩い漆黒の剣は何かと喋る。
突然あ!!とか意味も無く叫ぶことが多々ある。
「なあおい!お前あのデカい姿でルナイルの所まで行けねえのか!?」
『あぁ!?だから無理だってんだろォ!!』
そしてこいつは明確な理由を言わない。
理由を聞いても後で教えてやる一点張りだ。
『ところでよォ!そんなに大事かその女ァ!』
「分かってて言ってんだろお前!」
『まあ落ち着けって。今お前があの女の所に行っても無駄死にするだけだからよォ?ちょっと話を聞いてみな?』
なんでとは聞かない。もう無駄だと分かったからだ。
走りながら無言で話の先を促す。
『今のお前は俺と契約して、身体が器として作り替えられただけだ。今はそれだけに過ぎねえ。だから今から同期を行って俺の能力と魔力を引き出せる様にする』
「同期?」
『俺とお前の知識を共有すんだよォ!そうだなぁ…5%もありゃいいか。それだけありゃ足は引っ張らねえだろう』
詳しく聞きたいところだが、今はこいつを信じるしかない。
随分と近くはなったが、まだほんの少し時間のかかる距離にルナイルが戦闘を行っているのが分かるから。
実際どれくらいの戦闘が行われているか分からないけど、多数に無勢なのは確かだ。
「どうやる?」
『ただ握っとけ。決して離すな。』
「分かった。早くしてくれ、時間が惜しい」
『話が早くて助かるぜ相棒!!!』
剣をグッと握りしめる。
少し間があった後、指先からナニかが体の中に入ってきたのが分かった。
『あ!そうだァ!耐えろよ!!』
「あ?どういう」
熱い。いや冷たい?
よく分からないがそれが指から腕へ、そして肩へと、全身にゆっくりと入って来ている。
それが体の半分を占めて来た時だ。
「ぐぁぁぁっ…」
冷たい熱さが痛みに変わり始めた。
だけどまだ耐えれない痛みじゃない。
「く、そ…耐えろって、い…たみ、かよっ!」
そう言ってる間にも痛みは全身へ侵食していく。
侵食していけば侵食する程に体への痛みは大きく、意識を削り取る様に強くなって来る。
「ああああああああああああ!!!」
叫ばずには居られなかった。
それ程の激痛が身体中を襲っていた。
思わず走るのを止め、その場に立ちすくむ。
「ふぅっ…ふっ、ング…ぬぅぅぉぉぉおおああああああああああ!!!」
息をつく暇もない。
痛みが脳を支配している。
だが。
タツキは少しだけ残る意識に必死にしがみ付き、痛みを耐え続けるのだった。
『…終わったぜ』
全身の穴という穴から汗が吹き出し、時間の感覚も、痛覚すらも訳が分からなくなっていた。
5分、いや10分は痛みと戦った感覚だった。
しかし実際は1分にも満たないだろう。
「ハァッ…!ハァッ…!ッぐ。うぉぉぉ…」
『さあ、痛みに嘆いている暇は無いぜェ?身体強化をしてみろ』
どうやるんだよとは思わない。頭の中に自然と浮かんでくる。
明確にやり方が分かる訳じゃない。感覚で分かる。
今自分で何が出来るかが、使えばどうなるとか、そういったモノが感覚で分かる。
知らない筈なのに知っている。
身体に魔力が満ちているのを感じる。
同期の反動で全身は電撃を食らったような激痛が続いているが、関係ない。
「身体…強化あああああ!!!」
身体の痛みが消える。力がみなぎる。身体が軽くなる。
これならいける。
これなら助けられる。
これならば戦える!!
ルナイルの元で何か状況が変わっている。あれは不味い。かなり大きな魔力が一直線に向かっている。
更に早くなった足で、俺はルナイルの元に走った。
「間に合ってくれ…!」
ーーーーーーーーーーーー
失態を犯した。
謎の魔力に気を盗られて恩人であるタツキを見失った。
これ程自分を殺したいと思ったことは無いだろう。自信の甘さに腹が立つ。
タツキが消えたのを認知したのは、謎の魔力がふと消えた瞬間に、ワッフルの翼を認知できない速度で切られてからだ。
自分一人では手に負えないと悟り、ワッフルを走らせてタツキを逃がそうと思った時にはその場にはもう居なかった。
タツキは魔力を持たない。
魔力で気配を探る私たちの基本が仇となった。
だからこそ直ぐに気付かなかった。
謎の魔力がタツキを連れ去ったと感じた私は、直ぐに先程の魔力の名残を頼りに探し始めた。
だが相手の方が一枚も二枚も上手だったと察したのは魔物の群れの中に自然と誘われてからだった。
先程の魔力とは違う魔力の群れ。
一つ一つは大したことは無いが、数が多い。
魔力を追う事に気を削いでいた私は囲まれるまで気付かなかったのだ。
いつもなら決して侵さないミス。
何者かに掌で踊らされているような、屈辱を受けている気分を抱きながらもこの状況をどうにか抜け出さなくてはならない。
ワッフルは手負いだ。あの状態ではとても飛べない。
乗って移動したとしてもワッフルは地上では大した機動力は無い。恐らく逃げ切れない。
ならばこの群れを素早く殲滅し、まだ微かに残る魔力の名残りを追うべきと判断した。
魔物はグランドモンキーと呼ばれる魔物だった。2メートルはある体格を、一匹が素早い動きで私の攻撃を誘い、他のグランドモンキーが連携を取り攻撃を仕掛けてくる。
今は短剣しか持っていないことが非常に悔やまれた。いつも装備しているロングソードならば間合いを上手く取り対処できただろうが、短剣ではこの連携の合間を縫って攻撃を仕掛ける事に非常に神経を使う。
出来ない訳じゃないし負けることもあり得ないが、今は時間が惜しい。
あまり得意ではない魔法を使いながらワッフルと連携を取り、少しずつグランドモンキーの数を減らしていく。
後少しで殲滅するという時に遠くに巨大な魔力を2つ感じた。
あの謎の魔力だ。だが少しだけ違う気もする。しかしタツキの身が危ない。
逸る気持ちがルナイルの動きを鈍らせた。グランドモンキーから一撃貰ってしまう。
「ぐっ!」
直ぐにカウンターで仕留めるが、軽装である今は魔物からの一撃は大きな痛手となる。
左手が動かない。間違いなく骨を折ったであろう一撃はルナイルの軌道を鈍らせた。
更に戦闘は長引いていく。
魔力の痕跡は完全に消えた。
更に別の大きな魔力がこっちに一直線に向かってきている。速い。
なんとかグランドモンキーは殲滅する頃に。
新たな魔物はタイミングを見計らったかのように現れる。
「ケルベロスか…」
ケルベロス。3つの頭を持った犬の魔物。
知能も高く、強い。
万全の準備が出来ている私でもかなり手こずる相手。
だがもう魔力もかなり使ったし、ワッフルもグランドモンキーとの戦闘で不可を掛け過ぎた所為で倒れた。
「だが、やられる訳にはいかない。必ず彼を救わなくては…」
私の現状を悟ったのか、ニヤリと笑ったかのように見えるケルベロスは一瞬で間合いを詰めて来た。
一つ目の首をいなし、2つ目もなんとかいなし、3つ目の首をいなす最中、とうとう私の短剣が折れた。
万事休す。
命の恩人も救えず、祖国に情報も渡せず、無駄死にする事を覚悟した。
最後の足掻きだと残りの魔力を全て注ぎ込み炎の魔法を打ち込む。
運よく命中し、ケルベロスは吠えながらのた打ち回る。
目に怒りの色が見えた。
もう次は無いだろう。
今度こそ万事休すとなった今、ルナイルは動かない左手を抑えながら腰を付いた。
「お母様、お父様、申し訳ございません。私は最後まで…」
馬鹿な娘でした。
そう口から初めての弱音を零すよりも早く。
「ルナイル無事かああああああああああ!!!」
大きな存在感と共にタツキが現れた。